日本語ではブドウ糖、英語でも昔はGrape Sugarと言ったのだそうです。Grapeはブドウの事ですし、Sugarは糖ですので直訳ですね。熟したブドウの果汁に多く含まれているからこの名前で呼ばれる様になったとのことです。
現在はD-Glucoseと呼ぶのが普通です。ギリシャ語の γλυκυ(グリュキュ:甘い)8から命名されました。
名前の由来は簡単ですが、今回はグルコースの反応性という化学のお話をします。
ブドウ糖と糖尿病
D-グルコースと言う分子ですが、溶液中ではいろいろな構造をとります。くるっと輪を描いたような6角形の環状構造で描かれるのが普通ですが、それはある一瞬を切り取って見ているに過ぎません。
環の一部が外れて直鎖上になっている物も同時に存在しています。
直鎖状の分子はある速度で環状に形を換え、逆に環状の分子は同じ速度で直鎖状に形を換え、両者がつりあって存在しているのです。こういうのを化学の言葉で平衡状態にあると言います。
一定の割合で存在する直鎖状の分子にはその構造の一部に化学的に反応性の高いカルボニルと言う部位があり、それは分子式でーCHOのように描かれています。実はこの部分がある事で糖尿病では色々な不具合が体に起こるのです。
化学反応性が高いと言うのは、言い換えると他の分子とくっつき易いと言う意味です。
普通の代謝経路で分子の変換が起きる場合は、生体にとって意味のある必要な変換なので特に問題有りません。しかし、意図しない化学反応が起きてしまうのはあまり好ましい事ではありません。
糖尿病と言う病気では血液中のグルコース濃度が高くなるのですが、この時に問題となるのは、通常の代謝経路と異なる意図しない化学変換なのです。
血中のグルコース濃度が高いと血液に接するタンパク質は常に高濃度のグルコースにさらされており、反応性のあるカルボニルがタンパク質のアミノ基と結びついてしまいます。これをタンパク質の糖化と言って問題視しています。
血管でこの糖化が起こると、血管内皮を構成するタンパク質が変性して本来の機能を果たせなくなりので、特に細い血管の機能が重要な、網膜・腎臓尿細管・足の末梢と言った組織では不可逆的に機能が喪失して、失明や腎不全、足の壊死等を引き起こしてしまうのです。
糖尿病との名前は付いていますが、別に尿中に糖が出る事自体に問題がある訳ではありません9。
本当に問題なのは血液中のグルコース濃度ですので、血糖値をうまく制御して問題が生じない様にしましょうと言うのがこの病気の治療の根本戦略になります。
光学異性体
D-Glucoseの頭の「D-」は光学異性体を区別するための記号で、光学的に右回りを表し、反対の場合は「L-」になります。
異性体とは、分子を構成する元素の種類と数が同じなのに、その立体構造が異なるために、性質が同一ではない分子どうしの事を言います。
タンパク質の構成部品である、アミノ酸も同じ様に光学異性体です。こちらも呼び名の頭に「D-」又は「L-」がひっつきますが、地球上全ての生命のアミノ酸はL体になります。だから、生理活性作用のあるアミノ酸もL体です。
機会があったらお台所で見てください、味の素もL‐グルタミン酸だから10。
タンパク質の糖化その1
グルコースは分子の中にカルボニルと言う化学的に反応性の高い構造を持つと言いました。
カルボニルはアミノ基と反応性が高いので、タンパク質のアミノ基11と結びつきます。
化学反応の話をちょっとだけします。糖化は元々意図された反応では有りませんので、触媒する酵素のようなものは存在せず純粋な化学反応です。
なので化学反応を起こして結合する時の反応速度はル=シャトリエの法則により、元となる2つの分子の存在濃度に比例し、血糖値が高ければ糖化も促進するという訳です。
ヘモグロビンが糖化される時も同様。糖尿病の血糖管理は血液中に多量に存在するヘモグロビンがどの位糖化されているかで示しますが、それは幾つかの過程を経て生成します。
最初にくっつくときは、シッフ反応12と言い、くっついた糖はまたはずれるような形で結合しています。最初のシッフ反応で出来るのは不安定型HbA1cと呼ばれています。
この不安定型HbA1cがアマドリ転移と呼ばれる分子内の化学反応を起こすと、どうやっても糖が外れなくなり、安定型HbA1cと呼ばれるようになります。
タンパク質のどこの位置であろうとも、糖がひっついたヘモグロビンの事をひっくるめてグリケーティッドヘモグロビン(G-Hb)13と呼ぶのですが、HbA1cという呼び名は、グリケーティッドヘモグロビンのうちのある一種類の物を指しています。
ヘモグロビンが糖化したら、何か悪い事が起きるか?と言うと、特に何も有りません。ではなぜ、HbA1cを測定するかと言うと、ヘモグロビンは血中にやたらたくさんあるタンパク質であり、わざわざ血管内皮のタンパク質を削り取ってくる必要性が無く測るのが簡単だからです。
ヘモグロビンの糖化の程度を測定して、過去2~3ヶ月間の血糖値が高値でなかったかどうかを見際め、その値をもってして血管内皮の糖化によるダメージを推定しているわけです。
タンパク質の糖化その2
骨髄で生まれてから脾臓・肝臓で分解されるまでの赤血球の寿命はおよそ120日と言われています。
当然その中身のヘモグロビンも同じ期間血中に存在する事から、HbA1cは過去2~3ヶ月間程度の血糖コントロール指標としてよく用いられています。
ただ、それがあてにならない場合も有ります。
溶血性貧血や大量出血の後などはそもそもの赤血球が大量に失われ、新しい赤血球ばかりですので過去の血糖値レベルはわかりません。同様に透析治療時の腎性貧血で組換えエリスロポエチンを投与されているヒトは、赤血球を次々と作るように刺激されていますので、同様にHbA1cの値は他者と比較できないのです。
そういう時はどうするかと言うとHbA1cに代わる臨床検査を使います。
血液中にはアルブミンというタンパク質が多量に流れていますので、血糖値が高ければ当然アルブミンも糖化されます。グリコアルブミン(GA)14と言います。
アルブミンの寿命は3週間程度ですので、過去2~3週間の血糖コントロールの程度を調べることができ、HbA1cと同じ目的で血糖コントロールの指標として使う事ができるのです。
お父さん解説
- またもやギリシャ語
- 血糖値は問題ないのに、尿に糖が出ることがある → 腎性糖尿 と言う。 特に治療が必要ではない
- お台所でもう一つ
アスパルテームというローカロリー甘味料がある。ジペプチドでできており、成分のフェニルアラニンと言うアミノ酸もL体である - タンパク質のアミノ基:タンパク質はアミノ酸からできており、必ずアミノ基が存在する
- 純粋に化学的にはシッフ反応と言うが、糖がくっつくときには特別に「メイラード反応」と言う名前がある(内容は一緒)
- グリケーティッドヘモグロビン:Gyrated Hemoglobin:G-Hb
- グリコアルブミン:Glycoalbumin:GA
- またもやギリシャ語
- 血糖値は問題ないのに、尿に糖が出ることがある → 腎性糖尿 と言う。 特に治療が必要ではない
- お台所でもう一つ
アスパルテームというローカロリー甘味料がある。ジペプチドでできており、成分のフェニルアラニンと言うアミノ酸もL体である - タンパク質のアミノ基:タンパク質はアミノ酸からできており、必ずアミノ基が存在する
- 純粋に化学的にはシッフ反応と言うが、糖がくっつくときには特別に「メイラード反応」と言う名前がある(内容は一緒)
- グリケーティッドヘモグロビン:Gyrated Hemoglobin:G-Hb
- グリコアルブミン:Glycoalbumin:GA