凝固因子

何でも運びます

ケガをした時に血を止める成分は元々我々の血液中に入っています。血液凝固因子と言いまして、たくさんの種類があり、それらが協力して止血作用を発揮します。

別にお父さんが特別に腕白であったという事実は無いのですが、子供の頃はよくコケてヒザ小僧はいつも赤チンで真っ赤1でしたし、カサブタが途切れる事もありませんでした。

でもケガをした時に血を止める成分は元々我々の血液中に入っています。血液凝固因子と言いまして、たくさんの種類があり、それらが協力して止血作用を発揮します。

世の中には、血が固まりにくくてちょっとの打身でも真っ青な内出血を起こしたり、激しい運動をしたら関節の痛みで動けなくなったりする病気があります。

血友病2と言いまして、凝固因子が足りない事で起こる遺伝病がそれです。伴性劣性遺伝3です。

生きていくためには、足りない凝固因子を外から注射してやらなければなりません。その訓練は彼らが小学校にあがる頃から開始されるのです。

小さい頃から、体の仕組みと面と向き合い、生きるために自己管理するトレーニングを始めるのは大変だとは思うのだけれど、土性骨のある少々の事ではへこたれないヒトに育つのではないでしょうか。

血友病

血液は体中に酸素と栄養を、また不要な二酸化炭素や老廃物を運んでいます。サラサラと流れなきゃいけないのだけど、一方で、血管が破れてイザとなった時にはすぐ固まる事も必要。物凄いムツカシイ事を平然とやってのけている訳です。

血液凝固、その極めて巧妙な仕組みは血液中の凝固因子の働きに負っています。そして、ソノ因子が足りない場合には血友病になるのです。

元々はドイツの先生が出血を好む病気の意味で使用していた単語がヨーロッパに広まり、イギリスで作られた教科書のhemophiliaを日本語訳にした時に血友病と言う字があてられて日本に広まりました。

名前の付いた因子を全部紹介します。

  • I/fibrin、fibrinogen/フィブリン、フィブリノーゲン4
  • II/thrombin、prothrombin/トロンビン、プロトロンビン
  • III/thromboplastin/トロンボプラスチン
  • IV/calciumionCa2+/カルシウムイオン
  • V/proaccelerin/プロアクセレリン
  • VII/proconvertin/プロコンベルチン
  • VIII/抗血友病因子/ファクターエイト
  • IX/Christmas factor/クリスマス因子
  • X/Stuart Brauer factor/スチュアート・ブラウアー因子
  • XI/plasma thromboplastin antecedent/血漿トロンボプラスチン前駆体
  • XII/Hageman factor/ハーゲマン因子
  • XIII/fibrin stabilization factor/フィブリン安定化因子

血液凝固因子の名前はローマ数字で表すお約束になっています。働く順番でなかったり見つかった順番でもないので、若干ヤヤコシい事になっています。欠番もあるしね。

そして、凝固因子の内、第VIII因子が欠けている場合を血友病A、第IX因子欠損を血友病Bと言い、それぞれ日本では4000人、800人程度いると言われています。

血液凝固

血液が固まりにくく出血し易かったり、逆にやたらに固まり易くなる事はどちらも危険で命にかかわります。

この巧妙な仕組みの一端を最初から見てみます。

出血すると、体は血管を収縮させて狭くし、血流を低下させて血液が固まり易くなるような環境を作ります。これに次いで次の二つの反応が重要になります。

1段階目が血小板の凝集。2段階目が血液凝固因子の活性化でフィブリン線維の網目を作る過程です。血小板は血液細胞の一種で、凝固専用の妙な存在です。その故郷は骨髄です。

前駆体である巨核球5と言うのがブチブチに千切れて細かくなって出来ているのできちんとした細胞ではありません。ですので、血小「板」と呼ばれます。

血管にキズが付くとこいつが活性化されるのです。元々円盤のような格好をしていたのが球状に変化し、次に偽足と呼ばれる突起を出してお互いに絡みつきます。

これが血管のキズのところに凝集して穴を塞ぎます。一次血栓でして、傷口には最初に柔らかくてプルプルした血の塊が出来るでしょう。アレです。でも、脆いです。

やがて、堅いカサブタに成って行くのですが、この時には血中に溶けているフィブリノーゲンが変化したフィブリンと言う線維タンパク質が絡みついて行く事で丈夫になっていくのです。これが二次血栓です。

そして、この線維が出来るまでには実に多くの血液凝固因子の関与する反応が必要なのです6

止血戦隊ファクターレンジャー

ケガをした時、傷口を埋めるヒーロー達の活躍を描いた「止血戦隊ファクターレンジャー」と言うWEB絵本があります。[https://www.hemophilia-st.jp/about/kids/

ファクターとは凝固因子の事。それぞれの役目を果たす仲間が集まって強力な止血機能を発揮します。普段は血管の中をパトロールしており、いざ出血した時に大変身して活躍する様子はまさにスーパーヒーロー。

絵本には5人しか出てきませんが、もっとたくさんの仲間がいるのは前述の通りです7

それぞれの因子が働く順番は決してローマ数字の順番ではないので紛らわしいのですが、血管の損傷を契機として始まる反応はおおよそ次の通りになります。(内因系)

  • XII→XIIa/第12因子が血管のキズで活性化されます。後ろに引っ付いたのは活性化(activated)の「a」
  • XI→XIa/第11因子がXIIaによって活性化されます。
  • IX→IXa/第9因子がXIaによって活性化されます。
  • X→Xa/第10因子がIXaによって活性化されます。 また、この時にVIII(第8因子)を必要とします。
  • II→IIa/第2因子がXaによって活性化されます。 プロトロンビンがトロンビンに変身したと言う事です。
  • I→Ia/第1因子がIIaによって切断されます。 フィブリノーゲンがフィブリンに変身したと言う事です。

凝固を起こさせる為に、たくさんの分子が活性化と言う名前の変身をしている様子が判ります。変身した分子が次の分子を活性化して変身させる。まるでドミノ倒しです。

ヤヤコシい連鎖反応の形式を取ってネズミ算の様に段階ごとに反応する分子がドンドンと増えるので最終的にはたくさんのフィブリンが短時間に出来上がる仕組みです。

この絵本、主役は小学3年生のそら君です。そら君は血友病Aの男の子なのですが、自分がケガをした時に注射をしなければならない理由がまだ良く判りません。

そこで仲良しのハカセが注射の中身/ファクターレンジャーのキャプテンエイト(第VIII因子)について教えてくれると言うストーリーです。きちんと治療すれば本当にごく普通の生活が出来る病気ですので、血友病のコドモ達を目一杯応援する内容になっています8

血液製剤/薬害の歴史

凝固因子はタンパク質で出来ていますので、以前は健常者から集めた血液成分から取り出して製剤化していました。そのため、作成した製剤には感染の危険が付きまとっていました。

昔の献血では、肝炎ウイルスを事前に調べる検査方法と体制が十分でなかった為、輸血を受けたヒトの中にはB型肝炎やC型肝炎に感染した患者さんが居たと聞いています。近年、日本では製剤化されたものでもこうした感染事故が起きました。

一つは、血液凝固因子製剤によるHIV感染(いわゆる薬害エイズ)事件。もう一つが、フィブリノーゲン製剤によるHCV感染(いわゆる薬害肝炎)事件です。

非加熱製剤と言い、ウイルスの不活化が不十分なまま製剤化した為に血友病患者にHIV感染が発生、あるいは手術で血液製剤を使用した患者にC型肝炎が発生しました。

海外では非加熱製剤の危険性が認知されると直ぐに加熱製剤に切替えられていたのですが、日本では切替えが遅れ被害が拡大しました。

現在では製造工程中にヒト及び動物由来のタンパクを使用しない合成製剤が手に入る様になりましたので安心して使えるようになりました9


お父さん解説

  1. 赤チンの成分はマーキュロクロムと言い、便利な消毒液でお父さんの世代ではごく当たり前に使われていた。しかし、成分に水銀が含まれているため1990年頃から使われなくなり、今ではヨードチンキとかマキロン等、別の消毒薬が主流となった
  2. 血友病/hemophilia:ヘモフィリア
  3. 伴性劣性遺伝:ショウジョウバエの白眼(white)と同様である
  4. ラテン語で「源」を意味する「gen」から遺伝子の事がジーン:gene と呼ばれていたのと同様、フィブリンの源はフィブリノーゲンとなる
  5. 巨核球:megakaryocyte
  6. 輪をかけてヤヤコシい事に、非常時に出来上がったコノ血栓は、キズの修復と共にやがては溶けて無くなってくれないと困る。いつまでも詰まったままでは血流が再開しないので、溶かす際には「線溶系」と言うシステムが働いており、コチラもかなりムツカシイ
  7. ファクターレンジャーのベルトに注目しよう!
    レッドのベルトには「VIII」とある。 コレはローマ数字で「8」の事。そう、レンジャーキャプテンはファクターエイトなのだ。 ファクターとは、「血液凝固因子」の事。それぞれの役目を果たす仲間が集まって強力な止血機能を発揮する。 普段は血管の中をパトロールしており、いざ出血した時に大変身して活躍する様子は、まさにスーパーヒーロー。 現実のファクターも「活性化」と言う変身をする。実に良く出来た物語である
  8. 「変身」してパワーアップしたファクター(血液凝固因子)達が傷口を埋めていく様子を描いている。キャプテンエイト(第8因子)がいると仲間を強力にパワーアップさせ、傷口を埋める事が出来る。 だけど、血友病Aの子は体の中にキャプテンエイトが居ないので、仲間のレンジャー達が到着を待っている。だから、「ケガをした時は、キャプテンエイトを注射してあげよう。」と言う事を、幼稚園レベルのコドモにもちゃんと判ってもらわなければならない。絵本の存在意義はソコである
  9. 裁判も行われており、その教訓を活かすために薬事法の改正や、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の機構改革に至っている
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