ヘモグロビン

何でも運びます

ヘモグロビン1は赤血球の中にあるタンパク質複合体で赤い色をしています。日本語では血色素と言われており、赤血球が赤く見えるのはヘモグロビンを持っているから。

赤血球は肺胞で外界からの酸素を受け取り体内の各組織に送り届ける役割を持っています。もし、ヘモグロビンが少ししか無ければ、少しの酸素しか運べません。だから貧血の検査では重要です。

ヘモグロビンと言うのは、ヘム2と言う特殊な構造を持つ部分と、グロビンと言うタンパク質部分から出来ている複合体です。

ヘムはその中に鉄を取り込んでいて、鉄の部分で酸素を捕まえることができます。貧血の時に鉄分が足りないから補いましょうと言うのも道理ですね3

名前の由来はヘム+グロビン=ヘモグロビン。ですから、略名がHgではなくHbなのがちょっと気に入りません。

ヘモグロビンの構造と機能

ヘモグロビンは、ヘム1個につき、1分子の酸素と結びつく事ができます。ですので、肺胞でヘモグロビンがガス交換をすると最大で4つの酸素分子を運ぶことができます。

ヘモグロビンが酸素と結びつくと、色が鮮やかな赤に変わりますので、活きの良い動脈血は真っ赤に、疲れた静脈血は暗赤色に見えます。

さて、何らかの理由で鉄分がうまく摂れない時に、貧血になってしまう事があります。鉄欠乏性貧血と言います。これは、鉄が無い事で、きちんとしたヘモグロビンが体内で合成されず、これにより赤血球の酸素運搬能力が低下してしまった事が原因です4

ヘモグロビンは、複合体を構成するヘムの中心にある鉄を使って酸素分子(O2)を捕まえる事ができます。FeとO2の親和性(Affinity)を利用して、捕まえたO2を必要な組織に届けるという機能を発揮しています。

ただ、O2特異的にこの機能を発揮してくれれば問題無いのですが、実際のところヘムはO2よりも遥かに一酸化炭素(CO)の方に親和性が高いのです。

Affinityの強さは濃度の関数で表記できるのですが、O2とCOのAffinityの差は300倍COの方が高いのでO2の1/300の濃度のCOがあるだけで半分のHbがCOに占領されてしまう計算になります。

ネットで仲間を募り、一緒に練炭自殺するのが一時期流行りました5が、これは練炭の不完全燃焼でCOを発生させ、ヘモグロビンをCOで占拠し、O2を組織に運べなくすると言う戦略です。

ヘモグロビンがO2と結びつくと、鮮やかな赤い色を示しますが、COと結びつくときれいなピンク色になるのだそうです。ですので、CO中毒では死後もほんのりと体がピンクになってきれいなため、この手法は女性に人気があると聞きました。

ミオグロビン

同じ様に分子内にヘムを持ち、酸素を必要な所に届ける分子として、ミオグロビンがあります6

Myo-と言うのは筋肉の接頭語でして、ミオ~と名前がついていれば、ほぼ筋肉関連の分子だったり、筋肉関連の機能と思って間違いありません。

ミオパチー7と言えば、筋肉失調ですし、ミオシン8と言う分子はアクチン分子と共に筋肉収縮で重要な機能を果たすタンパク質分子です。

筋肉は、収縮時に大きなエネルギーを必要とし、そのエネルギーを酸化反応で得るためにたくさんの酸素を使います。なので、筋肉の中にはある程度の酸素を貯めておくミオグロビンがいます9

名前も似ていますね。ヘモグロビンとミオグロビンのタンパク質部分はお互いに良く似通っていますので、相同性があると言います。英語ではホモロジー10があるとなります。これもヘモグロビンと同じく赤い色素ですので、筋肉は赤っぽく見えます。

横紋筋融解症と言う筋肉細胞が壊れてしまう病気の場合は、筋肉細胞の中にあるミオグロビンが血中に駄々漏れしてきます。

だから、この病気では血中ミオグロビン濃度の臨床検査値が重要ですし、ミオグロビン尿症11が起きて、尿がミオグロビンで赤くなっていないかどうかを調べる事がとても重要になります12

ヘモシアニン

魚類、両生類、鳥類、爬虫類、哺乳類あたりですと血は赤いです。ヘモグロビンが赤いからなのですが、イカとかエビの血液は青黒いです。

これは、ヘモグロビンの鉄13の代わりに銅14が配位したヘモシアニン15というタンパク質複合体を持っているからです。

はるか昔、お父さんは大学の教養課程、生物学の神経系実習でシャコの解剖なるものをやりました。シャコ、ご存知でしょうか?江戸前では良い寿司ネタのはずです。おいしいです16

瀬戸内海でも良く採れるので、安上がりな解剖実習ができますが、確か、解剖する時にシャコも血が青かった記憶があります17

ついでに言うと、専門課程に入ってからの循環器系の解剖実習では、カキの解剖をしました。丁寧にメスを入れて心臓を剥き出しにしたところでカリウム液を滴下し、心臓が止まる時の濃度を記録すると言うものです。これも瀬戸内では良く採れるので安上がりな実習でした18

心臓の拍動は、微弱な電気信号の流れで制御されており、心筋細胞の内外にあるナトリウムイオンとカリウムイオンのバランスで電気信号が生まれます。細胞外にカリウムイオンが多くなると心臓の拍動が乱れて、やがて止まってしまいます19

ヒトは2心房2心室なのに対し、カキは1心房1心室というシンプルな構造をしていますが、生理学的な反応は種を超えて共通であると言う事をこの実習でやりました。カキもヒトも一緒。

クロロフィル

植物の葉っぱが緑色をしているのは、クロロフィル20と言う色素を持っているからです。

日本語では葉緑素と言います。ガムにも入っている21くらいですのでみんなお馴染み。植物はこの色素があるから太陽の光を受けて、デンプン等の栄養を作る光合成と言うのができます。

ヘモグロビンの中のヘムの構成要素は鉄+ポルフィリンですが、葉緑素はポルフィリンの中心にマグネシウム22を持っている所が違います。

精密な分離分析の研究・診断手法としてクロマトグラフィー23と言う物がありますが、そもそもこの分離方法は、葉緑素を分離するための方法として発展してきた歴史があります。

濾紙の上にインクを一滴垂らして乾かし、濾紙の端っこを水につけておくとインクの色の成分が分離してキレイに見えるという物があるでしょう。ペーパークロマトグラフィーと言いまして、原理的にはそれと一緒です。

精密な分離分析をする時には濾紙の代わりにシリカゲル粉末24を塗装した板や、担体を詰め込んだ筒25を使います。

クロロフィル類は一つの植物でも少しずつ構造の異なるものを持っている事から、研究にはそのわずかな違いを見分けて分離する手段が必要だったのです26


お父さん解説

  1. ヘモグロビン:Hemoglobin:Hb
  2. ヘム/元素記号で(Fe)は「鉄」の事。鉄/Feの周りを4つの複素環化合物(ピロール)が取り囲んでいる(化学の専門用語では「鉄が配位」していると言う)
  3. 文学的表現で、口の中を切った時に「鉄サビの味がした」等と使う。サビを舐めた事あんのか?と突っ込みを入れるべき
  4. 貧血には、これ以外にもイロイロ種類がある 
    ■小球性低色素性貧血
    ―サラセミア
    ― 鉄芽球性貧血
    ― 鉄欠乏性貧血
    ■正球性正色素性貧血
    ― 再生不良性貧血
    ― 溶血性貧血
    ― 遺伝性球状赤血球症
    ― 発作性夜間血色素尿症
    ― 自己免疫性溶血性貧血
    ■大球性貧血(大球性正色素性貧血)
    ― 巨赤芽球性貧血
    ― 悪性貧血
    ― 葉酸欠乏性貧血
    ― ビタミンB12欠乏性貧血
  5. その後は硫化水素が流行った
    MS + 2HCl = H2S + MCl2   (M:Metal)
  6. ミオグロビン:Myoglobin
  7. ミオパチー:Myopathy
  8. ミオシン:Myosin
  9. イルカとかクジラはミオグロビンをたくさん持っている。長い間潜水しなければならないから
  10. ホモロジー:Homology
  11. ミオグロビン尿症:myoglobinuria ~uria とついていれば、その物質が尿に出てくる症状を示している
  12. 筋肉内にはミオグロビンと同様にクレアチンホスホキナーゼ:CPKと言うのが存在する。 横紋筋融解症ではミオグロビンと共にCPKも駄々漏れになるため、横紋筋融解症が疑われる時にはCPKも臨床検査で測定する
  13. 鉄:Fe
  14. 銅:Cu
  15. ヘモシアニン:Hemocyanin
  16. シャコ:回転寿司ではあまり見かけた事がない。たまには回らないお寿司屋さんに行きたい
  17. 実習では神経をアルシアンブルーと言う劇薬で染色したので食べられなかった
  18. 解剖では採れたての新鮮な物を使う。
    試薬はカリウムしか使っていないので、実習後、お父さん以外のヒトは味噌で煮て食べた。カキの匂いで吐気のするお父さんにとっては地獄の実習であった
  19. 細胞外高カリウムによる脱分極阻害
  20. クロロフィル:Chlorophyll
  21. なぜ こんなものがガムに入っているのだろうか?
  22. マグネシウム:Mg
    他にも Mn:マンガン とか Zn:亜鉛 とか の金属をポルフィリンに持つ生物がいる。それぞれにポルフィリンの役割は異なる
  23. クロマトグラフィー:Chromatography
  24. ここでいうシリカゲル粉末の事を担体と言う
  25. 担体を詰め込んだ筒:カラムと言う
  26. クロマトグラフィーは、ギリシャ語で色と言う意味のクロマ(χρωμα:chrōma)が語源で、それは最初にクロロフィルの様な色素を分離するために使用したからこんな名前になった
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