不死身の細胞

遺伝って知ってる?

『しゅんかっ!しゅうとうっ!あっさひっるば~んっ、花咲けパッカ、う~ん開花~』

子供達1の人気者、花カッパ君が普段頭に咲かせているのはとりあえずの花です。難しい問題にぶち当たるとこの歌を歌うのですが、運が良いと頭にワカランの花が咲きます。

実はこのワカランの花は不老長寿の妙薬でして、これを手に入れるためおじいさんの命令を受けたアゲルちゃんとガリゾウくんは様々な策を巡らせて、毎回花カッパ君に難しい問題を出しまくるのでした2

不老不死とか、若返りって太古からの人類の夢ですので、子供向け番組に限らずいろんな物語のモチーフになっています。が、そこは架空のお話。ヒトでは不死化とか若返りはムリなのです。

でも、不死身の細胞って言うのは割と簡単に手に入れる事が出来ます3

分裂寿命

バクテリアの様な単細胞生物には寿命と言う概念はありません。分裂して二つになったものが育って大きくなるとまた分裂して・・・と繰り返している間は不死なのだと考えます。

細胞も同じ様に考えます。生きている細胞を体から取り出して人工的に培養する事は1940年頃から技術的に出来るようになりました。今では誰でも簡単に出来る技術です。

体から取り出した正常な細胞はバクテリアより分裂速度が遅いのですが、同様に分裂して2倍、4倍と増えていきます。でも、ある程度分裂するとそこでお終い。

赤ちゃんから取り出した細胞は分裂回数が多く、年を取ると細胞分裂の残り回数は少ない事も判ってきました。

どうやらヒトの寿命はある程度細胞の残り分裂回数と相関4があるらしいぞと思われたのです。

そこで残された分裂回数を指標として分裂寿命の考え方が生まれました5。分裂寿命が残されている細胞を若い細胞、分裂できなくなったのを老化細胞と呼んで区別する事が出来るようになったのです。

さあ、細胞の寿命が無くなって不死化する事が出来れば、ヒトの不老不死もすぐに出来るゾと思ったらそれは大間違いの元となります。

不死化細胞

生物関連の研究室では、生化学・生理学研究の実験材料として培養細胞というのを良く使います。有名どころでHeLa(ヒーラと読みます)細胞と言うのがあり、良く増えて飼い易いので、世界中の研究室で培養されています。

元はと言えば30代黒人女性の子宮頸ガンから分離されたものでして、患者さんの名前、ヘンリエッタ・ラックスさんの頭文字から命名されました。良く増えて飼いやすいと言う性質、体から取り出した正常細胞とは随分と違います。

何が一番違うかと言うと、HeLa細胞には分裂寿命が無いのです。すなわち不死化細胞。

それもそのはず、元々はガン細胞でした。ガンと言うのは、生体の制御を外れて勝手に大増殖してしまう悪党です。栄養さえあればいくらでも増殖する能力があり、その大きな特徴として不死化能力を獲得しているのでした。

さて、研究には何かしらのモデルが必要でどうしてもヒトを使って実験したい場合があります。でもおいそれとヒトの組織とか細胞は手に入りません。

お父さんが研究をしていた時には自分の細胞をよく使っていました。翼状針を静脈に刺してポタポタと落ちてくる血液を試験管で受けて遠心分離して白血球を取り出します。そこへB細胞にガンを引き起こすEBウイルスと言うのを感染させるとたまに不死化細胞が得られます。

他には皮下から繊維芽細胞をトレパンと言うメスで切り取って生やした事もあります。今でもどこかの研究室の液体窒素の中に保管されているでしょう。

いつか自分が死んでしまってもこうした培養細胞達が生きているかと思うとなかなか複雑な気分になります。遠い遠い将来、自分のクローンが出来たりしてね。

ガン細胞

細胞が無制限に増殖できたとしても、ヒトの不老不死にはなかなか繋がらない理由は、細胞の不死化はガン細胞に近い性質を持つという事と同義だからです。

ガンが遺伝子の障害で発生する病気でありまして、ガン細胞に変化するには遺伝子にキズが入った結果として、次の性質を示す様になる事が必要だと考えられています。

① 増殖速度が大きくなる事
② アポトーシスの機構が壊れる事
③ 細胞が不死化する事

①は細胞の増殖をら制御する事が出来なくなった結果として起こります。例えば慢性骨髄性白血病6ではBcr-Ablという変なチロシンキナーゼが出来てしまう事から、キナーゼを経由した細胞増殖が制御不能になります。

別の例で非小細胞性肺ガンの一種ではEGFR7と呼ばれるチロシンキナーゼがたくさん発現するのでやはり細胞増殖が制御不能になります。

②は、p53に代表される遺伝子のキズ探査システムです。キズが治せそうな時は修復を指令し、キズが大きくて治せそうも無い時は自殺スイッチを入れるのです。このシステムが生きているとガン細胞は生まれません。

そして③番目の細胞の不死化です。

複製の回数券

不死化はDNAの複製と密接に関わっています。

相補鎖によるDNAの半保存的複製は上流から下流への方向性がある上、必ずしも一番端っこから始まりません。

元のDNAが直鎖上のヒモの様な形をしていると端っこだけ上手く複製できない事が知られており、この事を末端複製問題8と呼んで長い間研究者達を悩ませ続けてきました。

複製を繰り返す度末端が削れて短くなっていくのです。それは大変困る。

一方ミトコンドリアや細菌のDNAは環状ですので端っこが有りません。いくら複製しても短くなると言う事は無いのです。だから無限に複製しても大丈夫。

1990年代末にこの末端複製問題と細胞の分裂寿命を結び付ける素敵な発見がありました。

直鎖状DNAを持つテトラヒメナという微生物、これを材料にしていた研究者が染色体の端っこに特別な遺伝子配列を見つけました。TTTGGGG、TTTGGGGGという塩基が繰り返しているのです。

端っこを意味するテロメア9と名付けられたその構造はヒトを含むたくさんの生き物で同様に見つかりました。

配列はちょっと違ってTTAGGGになります。テロメア配列が短くなってこれ以上分裂するのは危ないと感じた細胞が、そこで複製をストップしてしまう事もわかりました。

すなわち細胞が不死化するためにはテロメアを短縮しないようにするか、短縮してもそれを細胞が無視するような遺伝子変異を起こさないといけないのです。

なお、複製の度に短くなって行くテロメア配列は、分裂寿命を直接的に反映しますので複製の回数券とか分裂の回数券等と呼ばれています。

テロメラーゼ

複製の回数券があらかじめ染色体の端っこに仕込まれている。発見当時は結構驚きでした。

ではガン細胞のように回数券を無視する不死化細胞が出来上がるのはなぜでしょうか?

それはガン細胞が回数券を強引に増やして何回でも分裂できるような仕組みを獲得してしまうから。テロメラーゼ10と言う酵素の発現です。

これがあると短くなった末端のTTAGGG配列を勝手に延ばします。10回綴りの回数券を偽造して30枚綴りにしてしまうようなもの・・・言わばズルですね。

このような仕組みを何も無いところからいきなり作り出せる訳では有りません。元々生体にとって必要な仕組みをガン細胞が上手に乗っ取った結果です。

それは生殖細胞や幹細胞に必要だから。テロメアが短くなったまま次の世代にゲノムが伝えられてしまったらその子供達の細胞の分裂寿命が短くなってしまいます。

将来の医療ではこのような機構がガン細胞の中では働かないように、そして幹細胞ではきちんと機能するように外部から人為的に制御できるようになる事が大事です。

ガンの治療だけではなく、iPS細胞に代表される幹細胞を使った再生医療が普及するにはこうした機構の解明がとても重要になってくるのです11


お父さん解説

  1. 子供達 : 君たちの事である
  2. 花カッパのおばあちゃんがワカランの花を食べた時にボディコンのお姉ちゃんに若返り、ジュリアナ踊りをしていた。プロデューサーはお父さんと同じバブル世代だと確信した
  3. 不老不死は太古から様々な物語のモチーフに使われてきた。人魚伝説とかね…ヒトの不死化はムリですが、細胞ならたくさん不死化している。お父さんのBリンパ球もどこかで生きている
  4. 因果関係ではない。あくまでも相関関係
  5. 正常細胞には分裂寿命があると言う現象は、見つけたヒトの名前を冠して「ヘイフリックの限界」と言う
  6. 慢性骨髄性白血病:chronic myelocytic leukemia:CML
  7. EGFR:epidermal growth factor receptor上皮成長因子受容体
  8. 末端複製問題:end replication problem ミトコンドリアのDNAは輪ゴムの様な環状構造をしているから末端は無い。DNAに端っこが有るか無いかは複製の問題を考える上でとても重要
  9. テロメア:telomere
  10. テロメラーゼ:telomerase
  11. 今、製薬業界では医薬品だけではなく、再生医療と言いましてES細胞やiPS細胞を利用した治療法の開発も産業として取り入れようとする動きが活発になっている。
    iPS細胞と言うのは、体細胞の分化状態をリセットして、もう一度何の細胞にでもなれる能力を獲得した細胞の事。細胞のガン化機構はまだ全て解明が出来た訳ではなく、再生医療の研究者達が心配しているのは、一つには移植や再生に用いた細胞達がガン化しないかどうか。 課題はまだまだたくさんあるが、一つずつ解決して少しでも早く再生医療がいろんな病気の治療に応用される様になって欲しいとお父さんは願っている
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