遺伝の暗号

遺伝って知ってる?

生物の遺伝に係わる大事な情報はDNAと言う長い長い分子の上に載っています。

塩基1と呼ばれる分子の並び順として記録されている情報を遺伝子2と言うのですが、一見しただけでは何が書いてあるのかは判りません。まるで暗号のようです。

並び順に使われる塩基分子は、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類3。暗号に使われているのがAGCTの4文字だと言い換えても良いでしょう。

暗号のようになっていると判ると、今度はどうしてもその謎を解きたくなるわけです。そのあたりはいつの時代でも、どこの国のヒトでも同じ様です。

コドン

mRNAではチミンの替わりにウラシル(U)が使われているので、AGCUの順列組合せで遺伝暗号が出来ています。

それによりタンパク質を構成するアミノ酸の順番が指定されているのでした。

元々のDNAに1個だけ塩基を挿入するとちゃんとしたタンパク質ができない。2個挿入してもだめ。ところが3個挿入すると元通りにタンパク質が合成されるので遺伝暗号は塩基の並び3個で一組だと考えられるようになりました。

3つの塩基を一組とすればその種類は4×4×4=64通りあります。タンパク質を構成するアミノ酸は全部で20種類だと書きましたね。であればアミノ酸配列を決定できる十分な遺伝暗号にできます。

3個の塩基で決まるトリプレットが1個のアミノ酸を指定する対応関係が存在する訳です。この対応コードの事をコドンと言います4

1960年代に、多くの科学者の努力でコドン5の全容が解明され、人類はついに遺伝の秘密に関するロゼッタ・ストーン6を手に入れる事ができました。

例えば、3つの文字の組合せがAGCであれば、対応するアミノ酸はSerすなわちセリンです7

そして、この後わずか40年足らずでヒトの全ゲノム配列、およそ30億塩基対が明らかにされてしまうと言う驚愕の進歩を人類は経験しました8

ロゼッタ・ストーン/Rosetta Stone

ヒエログリフって知っていますか?

世界4大文明9の一つ、古代エジプト文明は数多くの遺跡を残し、遺跡で発見された数多の碑銘には古代エジプト人の象形文字が刻まれています。ギリシャ語で hierós(ヒエロス:聖なる) + γλύφω (グリフォ:彫る)からその象形文字はこう呼ばれる様になりました。

中世~近代にかけて多くのヒトがヒエログリフに魅せられ、古代文明理解の手がかりにすべくその解読に挑戦して来ましたが、ことごとく失敗していました。でも解読の鍵は1799年に天恵で手に入りました。

ナポレオンのエジプト遠征の際、港湾都市ロゼッタで石碑が発見されました。縦114.4cm、横72.3cm、厚さ27.9cm、重量760kg。暗色の花崗閃緑岩からできているその石碑には3種の文字が刻まれています。古代エジプトの民衆文字(デモティック)、古代エジプトの神聖文字(ヒエログリフ)、そして最後の文字は古代ギリシャ語でした。

同じ石碑に3種の文字であれば内容は同一であるに違いありません。これが解読の大きな手掛かりとなりました。

エジプト文明10では代々偉大な王が国を治めておりファラオと呼ばれていました。石碑のアチコチには長い○で囲まれた文字があり、どうやらこれは人名、特にファラオの名前を表すものだと気付きました。

プトレマイオス(PTOLMIIS)は15世まで続く長期王朝、クレオパトラ(KLIOPADRA)はプトレマイオス王朝の最後のファラオで絶世の美女として知られていますね。共通の固有名詞を表す文字から表音文字としてのヒエログリフが解読され始め、表意文字とハイブリッドした構造も徐々に明らかになって行きます11

そしてロゼッタ・ストーンの発見から22年後、フランス人学者ジャン=フランソワ・シャンポリオンの手により全文が解読されたのでした。

この功績により神秘の幕で閉ざされていた古代エジプト文明に光がさしこみ、その歴史や文化、社会構造などがどんどんと明らかにされていきます。

なお、ナポレオンの遠征から数年後ですが、イギリス軍がエジプトに上陸してフランス軍を降伏させ、ロゼッタ・ストーンは戦利品として持っていかれてしまいました。それ以降ずっと大英博物館に陳列されています。

解読の手法

何とかして遺伝子の暗号を解きたい。

1960年代、多くの科学者達は様々な手法で解読に挑戦していました。はじめて一つのコドンを明らかにしたのは1961年、アメリカ国立衛生研究所のマーシャル・ニーレンバーグとハインリッヒ・マッシーでした。

彼らはウラシルばかりが連なるRNAを大腸菌に与えました。すると得られたポリペプチドはフェニルアラニンのみからなるものであることを発見し、コドンUUUがアミノ酸フェニルアラニンを指定すると推定したのです。

彼らはこの研究を推し進め、同様にAAAはリシン、CCCはプロリンが対応する事を突き止めました。更にアミノ酸を合成するためのアダプター分子を直接標識する別の手法も開発12して、64個のコドンのうち54個を決定。

1960年代に全てのコドンは明らかとなり、解読に成功した研究者達はみんなノーベル賞を受賞しています。

この遺伝子の暗号、驚いた事に原核生物であるバクテリアから真核生物である我々人類までほぼ一緒のコドンテーブルを使用しています。

すなわちこれは、地球上に存在する全ての生命の源が同一で、一緒の生命体から枝分かれしてそれぞれに進化して来たと言う事の証拠でもあります。

ですから現在ではバクテリアの遺伝子にヒトの遺伝子を組み込んで、ヒトのタンパク質であるインスリンを造らせる13と言うような離れ業も可能になるのです。


お父さん解説

  1. 塩基:base
  2. 遺伝子:gene
  3. アデニン:adenine:A
    グアニン:guanine:G
    シトシン:cytosine:C
    チミン:thymine:T
    アデニン(A)とグアニン(G)はプリン骨格。
    シトシン(C)とチミン(T)はピリミジン骨格。
    RNAの場合にはチミンの代わりにウラシル(U)を使う。これもピリミジン骨格。
  4. 例えばメチオニンと言うアミノ酸が対応するコドンはAUGの一個しかない。しかも、AUGは翻訳の開始を示すスタートコドンでもある。従って真核生物と古細菌では、できたばかりのタンパク質のアミノ酸1文字目は必ずメチオニンになる
  5. コドン:codon
  6. 英語ではロゼッタ・ストーンと言う言葉を隠喩として使う。難問などを解読する重大なカギの事を指すわけで、コドンの完成は遺伝子とタンパク質の謎を解明するロゼッタ・ストーンそのものであった
  7. CAGはグルタミンを規定するコドン。マシャド・ジョセフ病ではCAGリピートが異常伸長してグルタミンが連なった異常タンパク質が合成される
  8. 30塩基対の解読にはDNAシークエンサーの読み取り速度とコンピュータ利用による解析能力の発達が欠かせなかった
  9. お父さんは世界4大文明はメソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明を指す、と教わっていた。でも、メソアメリカ文明・アンデス文明などのアメリカ大陸の文明は含まれていない。また、同時期には更に他の文明も数多く栄えていたとする研究結果が続々とでている事から、今や「世界4大文明」と表記するのは古い世代の知識
  10. エジプト文明:副葬品としての「黄金のマスク」が王家の谷から出土したツタンカーメン王は特に有名
  11. 表音文字と表意文字のハイブリッドな言語体系として有名なのは日本語。カタカナ・ひらがなは表音文字だし、漢字は表意文字。このため、外国人が日本語の表記を覚えるのはとても大変なのだと聞いた
  12. mRNAに現れるコドンの情報はリボソームでtRNAに伝えられる。tRNAは各コドンに対応するアミノ酸を連れて来る役割があり、アミノアシルtRNAを放射線標識して、どのアミノ酸がコドンに対応するかを調べる方法でもコドンを明らかにした
  13. 遺伝子組換え医薬品として最初に作られたのは、やはりインスリンであった
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