みんな違う

遺伝って知ってる?

生命はとても巧妙な手段で自分の複製を作っているのですけれども、完璧に同じコピーを作る事はしません。むしろちょっとずつ変化をつけるようにしています。

同じお父さんとお母さんから生まれた子供達は当然似ている所がたくさんあるのですが、性格も容姿もよく見るとそれぞれに違っているでしょう。うちの子供たちを見ているとつくづく納得です。

個性が生まれる仕組みと言うのは環境の影響がある事はもちろんなのですが、その一部は確実に遺伝子の働きとそれの伝達のされ方で説明する事が出来ます。

自然界に眼を向けると、同じ房に出来たトウモロコシの種であっても粒の色がそれぞれに個性的です。生体内での遺伝子組替えを基本とした仕組みによって遺伝的多様性が生み出されているのです。

うちの子達とトウモロコシを一緒に語るとはどういう了見か?とお母さんから突っ込みを入れられそうではありますが、地球上で出来た生命なんて元をたどればみんな一緒なのですから、モデル生物として論じる価値はあるわけです。

その上で違いを見つけるのが生物学の正しいあり方でしょう。

遺伝子組換え

遺伝子組換えと聞くと、どのようなものを思い浮かべるでしょうか?

定義的には遺伝子本体のDNA配列に新しい配列が加わったり、削除されたり、別の配列と置き換わる事をひっくるめてそう呼ぶのですが、話題が出る時は遺伝子工学の一部として取り上げられる事がほとんどです。

例えば、インスリンやエリスロポエチン等の有用タンパク質の生産や遺伝子組換えダイズなどが人為的な組換えの例です。

一方で我々の体の中ではごく普通に遺伝子組換えが行われています。例えば、

イムノグロブリン産生や免疫細胞での遺伝子組換えは多様な抗体や抗原受容体を産み出すために必要です。免疫系は外からどんな病原菌が入ってくるかあらかじめ知っている訳ではありません。

どんなのが来ても大丈夫な様に、言い換えるとどんな抗体でも生み出せる様に遺伝子を組替えてしまう事が出来るのです。抗体だってタンパク質ですから。

原理は利根川進博士が解明し1987年にノーベル賞を受賞しました。

同様に子孫の多様性を確保するために有性生殖する生物でやっているのが、減数分裂とその時に起こる相同組換えであります。

減数分裂

有性生殖を行う生物は二倍体1であるという事を説明しました。これは、細胞の核内には、お父さんから来た遺伝子のセットとお母さんから来た遺伝子のセット、すなわち二つのゲノムが有ると言う意味です。

体細胞は2倍体なのですが、我々が子孫を残す時、それを2倍体のまま次に渡すと、お父さんの2倍体とお母さんの2倍体が合わさって4倍体になってしまいます。これはまずい。

そこで、配偶子(つまり、精子とか卵子の事です)を作る時は、減数分裂2と言う特別な形式の細胞分裂をしています。Meiosとはギリシャ語で減らすと言う意味。何を減らすかと言うとゲノムを半分にして1倍体にするのです。

これでお父さん由来とお母さん由来の1倍体ゲノムが一緒になり2倍体の子供を作る事が出来るようになります。

ヒトのゲノムは3Gbpあり、それが一組23本の染色体に分かれて乗っかっているのでした。

二倍体なら、全部で46本。減数分裂で1倍体になる時は、それぞれどっちかの染色体がチョイスされますので、配偶子が出来る時の組合せの数は全部で2の23乗=8388608通りあります。

でも、多様性を生み出す原動力としてはこれとは比較にならない、もっともっとスゴイ仕組みが他に存在しています。

相同組換え

その仕組みが相同組換え3と呼ばれる遺伝子組み換え機構です。

2倍体を構成するゲノムは自分のお父さん由来とお母さん由来のもので構成されていました。そして減数分裂で1倍体になるまさにその時、この二つは混ぜ合わされるのです。あたかもマジシャンがトランプを上手にシャッフリングするみたいに見えます。

ゲノムの同じ部分で組替えるので相同組換えと言う訳。

長大な染色体のアチコチでこの交換反応が行われた結果、どれ一つとして同じ物の無い染色体が出来上がります。その存在パターンはもはや数えられるものではなく、同じ親から生まれた兄弟姉妹であったとしてもだれ一人として全く同じゲノムを持つことは有り得ません4

恐ろしく精緻な仕組みが働いて配偶子を作っている事がわかります。やはり生命の誕生と言うのは、受精もしていない段階でさえ、奇跡だと思わせる何かがあります。

3Gbpの塩基配列の同じ部分を探し出し、自分のお父さん由来とお母さん由来の配列を組換え・混ぜ合わせて、それぞれが乗っかっている染色体が重複しないように一本ずつをそれぞれの配偶子に収める5

そしてその配偶子が同じ様に出来上がってきた誰か別のヒトの配偶子と受精して子供達になって行くわけです。

遺伝的距離

悲しい事ではありますが、世の中には遺伝病と言う運命を背負って生まれてくる子供達がいます。

大抵の場合は難病で、ずっとクスリを飲み続けなければならなかったり、早くに亡くなるケースも多いのです。よしんば発病しないまでも遺伝素因としてそれを持っている事が判るとその人の人生にはとても重たい影を落とします。

1990年代頃は様々な遺伝病を理解するために、単一の遺伝子変異を原因とする遺伝病についての研究が盛んに行われていました。色素性乾皮症(XP)、ハンチントン舞踏病(HD)とか、嚢胞性線維症(CF)が代表例です。

遺伝子探索の時に活躍したのは相同組替えの結果から判る遺伝子同士の距離でした6。染色体上で二つの遺伝子の位置が近い時には相同組換えが起こりにくく、子孫へは一緒に伝えられる確率が高くなります。

一方、遠ければ途中で相同組換えが起こりやすく二つの遺伝子の組合せはランダムに現れます。だから遺伝のされ方を調べると遺伝子同士の距離を推定できるようになるのです。

ポジショナルクローニング

遺伝的距離が近いから二つの遺伝子が片方の親から同時に伝えられ易い。この現象が連鎖です7。遺伝子の機能が例えどのようなものであれ、たまたま染色体上で近くに乗っかっていれば連鎖はします。

例えばある二つの遺伝子の連鎖の具合をたくさんの日本人から抽出したDNAサンプルを使って測定します。別に遺伝病の患者さんが居る家系のヒト達からも同様に解析します。

この時に遺伝病の家系の中でだけ有意に高い連鎖が認められる組合せがあり、それが発病の表現形と一致していればその近くに標的遺伝子があります。

連鎖不平衡8と言いまして集団遺伝学の研究をする上で見つかる現象です。

この時に使う特定の遺伝子の組合せの事を遺伝学の専門用語でハプロタイプ9と言います。

特定の家系でハプロタイプの連鎖不平衡を見出し遺伝子の場所を推定する。場所が判れば単離する事は技術的に可能で、これをポジショナルクローニング法と言います1011

単一遺伝子については、この様に探索と解析手法が著しく進化しました。ただ、その努力が治療法にまで発展したケースがまだまだ少ないのは残念なところです。

近年では、この方法を応用・発展させて、遺伝病とは言い難いのだけれど、複数の遺伝子のパターンが複雑に絡み合う病気の遺伝学的研究が盛んになって来ました。

例えば…高脂血症、通風、糖尿病、等の生活習慣病と呼ばれるもの、あるいは統合失調症等の精神神経関連疾患が現在の代表的なターゲットになっています12


お父さん解説

  1. 二倍体:ディプロイドdiploid
  2. 減数分裂:meiosis
  3. 相同組換え:homologous recombination
  4. 唯一の例外は一卵性双生児。受精した後に別々の胚になるので、遺伝子が全て一緒
  5. もしココで染色体の分配が上手くいかなくて、ちょっと多めに染色体が入ってしまったりすると、発生の途中で致死であったり「ダウン症」と言う病気になる事が知られている
  6. 「遺伝的距離」の考え方はショウジョウバエを用いた古典的遺伝学において発展した。 この遺伝的距離を測定することにより、トーマス・モーガン先生は「ハエの染色体地図」を作り上げた
  7. 連鎖:linkage
    「連鎖」とは、メンデル先生の「独立の法則」の真逆の現象。 メンデル先生は7つの表現形に着目して遺伝法則の解析を行った。エンドウ豆の染色体は7本あり、偶然にも全て別々の染色体上に有ることが後に判っている。もし着目した形質の遺伝子が物凄く近い場所にあったならば連鎖遺伝してしまい、独立の法則は発見できなかったかもしれない
  8. 連鎖不平衡:Linkage Disequilibrium
  9. ハプロタイプ:haplotype
  10. ポジショナルクローニングというのは数学モデルを駆使してコンピュータで計算する。数学の苦手なお父さんにとっては拷問に近い学問でっあった
  11. ポジショナルクローニングの反対で遺伝子の機能「function」の面から絞り込んで単離する事をファンクショナルクローニング法と言う
  12. 現在International Hap Map Project により人類集団の連鎖不平衡をオンラインで知ることができる。 これらの情報は特に、疾病に及ぼす遺伝的要因の解析に役立つことが期待されている
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