単に二重らせんと言った時には二本のヒモが互いに絡み合ってらせん状になった構造を指すだけなのですが、生物学の世界ではこの単語には特別な意味があります。
デオキシリボ核酸(DNA)1の構造です。
今でこそ遺伝情報の担い手はDNAである事は誰でも知っています。しかし1950年以前はそんな簡単な物質に遺伝子が載っているはずが無いと考える科学者も大勢いたのです。
1953年の事です。既にDNAが遺伝物質の正体でありそうな事は実験的に示されていましたが、上手に説明できる理論がありませんでした。
そこへジェームズ・ワトソン、フランシス・クリック、モーリス・ウィルキンスはX線構造解析を駆使してDNA二重らせん構造を提唱し、それまでの遺伝子に関する発見を理論的に繋げて説明してみせたのです。
構造が示される事で、遺伝がDNAの複製によって起こる事や、塩基配列が遺伝情報をコードする事が見事に理解できるようになりました。1962年、この功績により彼らはノーベル医学・生理学賞を受賞しています。
我々が遺伝子の事をその分子構造から深く知る事が出来る様になったのはここ5~60年の割と新しい事なのです。
DNAの構造
学校で理科の時間に塩の結晶を作った事はあるでしょう。作りやすいのでミョウバンを使ったかもしれませんね。
実は高分子であるタンパク質とか核酸でも分子の結晶を作る事は可能です。できた結晶に高エネルギーのX線を照射して、出てきた回折像(原子にぶちあたって曲げられたX線の様子)を仔細に検討すると原子の立体配置を調べる事ができるのです。
これがX線結晶構造解析法と言う物。DNAの構造解析で活躍しました。
一本のハシゴを想像してください。
一般的なハシゴは二本の縦の棒の間に足場となる横の棒が渡されています。ハシゴの縦棒の上を掴んで固定し、下を掴んで水平にクルリと回転。この時、横の棒十一段につき一回転するようにねじれ具合を調節します。
これがおおよそのDNA二重らせんのイメージ。(あくまでも例えです。本物のハシゴがこんなにグニャグニャしてはいませんね。)
らせんの骨格部分、ハシゴの縦の棒はDNAではリン酸と糖が繋がって出来ています。しかし単純な繰り返し構造をとっているだけで遺伝情報とは関連しません。
重要な遺伝情報はハシゴで言うと横の棒の部分に隠されています。
横の棒は塩基2と呼ばれる部品で出来ています。二本のそれぞれの縦の棒から出た別々の塩基は真ん中で手を繋ぐような格好になっています。
塩基にはA、G、C、そしてTと呼ばれる4つの種類があり、どんな順番で塩基が並んでいるかと言う配列の中に遺伝情報として蓄えられているのです。これがいわゆる塩基配列です。
お父さんがこのDNAモデルを初めて見た時にはただ単純にきれいだなと感じた事を覚えています。
生命の遺伝の謎を秘めた物質がかように美しい構造をしている事から様々な美術品のモチーフにされる事もありますね。みんなが同じ様に感じているのだと思います。ただのネジ曲がったハシゴなのにね。不思議です。
相補鎖
ハシゴの横棒を構成する塩基にはとても重要な特徴があります。それは相手側の塩基を選ぶと言う事。
具体的にはAの相手としてT、Gの相手としてはCがペアを組んで結合します。従ってハシゴの片側の塩基配列が決まると、もう片方の塩基配列も自動的に決まってしまうのです。
まるでジグソーパズルのピースの繋がり具合の様であり、こういうのを互いの配列が相補3であると言う風に呼びます。
ヒトのDNA配列の長さは3Gbp(30億塩基対)であると書いたのを覚えていますか?
bp(base pair)、日本語で言うと塩基対。
その時は説明をすっ飛ばしたのですが、もうお判りですね。DNAと言うのは二本鎖の形を取っていて、塩基の部分でGとC、AとTがそれぞれ手を繋いで対で存在しているから、DNAの長さを表現する時、その対が幾つあるかを「pair/対」で表現しているのです。
そして、この二つの鎖が互いに相補的である事が遺伝の仕組みと密接に関わっています。更にまた、片方の鎖に何らかの原因でキズが入ったとしても、残っている方の鎖を参考にして修復する事が可能なのでした。
何らかの原因、と書きましたが、内容は、例えば日光浴とか、タバコの発ガン物質とか、食品添加物であるとか、微量の放射線被曝とかです
半保存的複製
細胞が分裂してその数が増えても、一部の細胞を除いて同じDNAを持つようにDNAが複製されていきます。
ヒトの体全体で60兆個の細胞があると聞きますが、全ての細胞がちゃんとしたDNAを持っている事は驚異です。ごくたまに間違えてしまうコトはあるのですが、それが生物の進化の源でもあり、配列の変化が進化の歴史でもあります。
DNAが複製される時は2重らせんがほどけながら、ほどけた部分に相補鎖が合成されていきます。相手側に来る塩基は決まっていますので、なるほどこれなら間違いが起こりにくく、合成が完了した時には全く同じハシゴが二組出来上がる道理です。
実験的には、メッセルソンとスタールと言うヒト達が証明しました。
自然界に存在する元素には安定同位体と言って、ちょっとだけ重さの異なるものが混じっています。
例えば、窒素ですと原子量14ですが、一定の比率で原子量15のものが混じっています。原子量15の窒素だけが入っている培養液で菌を育てれば、新たに合成されたDNAは重い窒素だけを含むはずだから、元のDNAと新しく出来たDNAが重さで区別できるはずだと彼らは考えました。
さて、そうして育てられた菌のDNAは、全てが重くなるかと言うと、そうではありませんでした。軽いものが残っているのです。
これは、ハシゴの片側のDNAがいつまでも残っている事を示しています。複製しても、必ず半分だけ元のものが残っている、と言う訳で、これを半保存的複製4と呼んでいるのです。
さて、ここまできましたのでついでにもう一つ。生物学の世界では元になるDNAを「parent strands(親の鎖とか親配列)」と呼び、それを複製してできたDNAの事を「daughter strands(娘の鎖とか娘配列)」と呼びます。
また、同様に分裂する前の細胞を親細胞としたら、分裂して増えた後の細胞を娘細胞と呼んでいます。決して「息子配列」や「息子細胞」ではありません。なぜなのでしょう?
ずっと不思議でしたので、事あるごとにいろんな先生方にうかがったのですが、きちんとした回答を下さる方はいらっしゃいませんでした。
調べてみて判ったらいつかお父さんにも教えてください。