ミクロの決死圏と言う映画とか小説は知っていますか1?
映画の公開はお父さんが1歳の頃です。むろんリアルタイムで覚えているはずはありません。
かの有名なSF作家、アイザック・アシモフが映画を見て小説にリメイクしました。日本ではアシモフの翻訳が早川書房より出ましたので中学生になったお父さんは読んでいたわけです。
特殊潜行艇をミクロ化技術で乗員と共に極小化し、脳内出血を起こした科学者の体内に注入。体外からナビゲートされながら病巣部に辿り着き、血栓を溶かすミクロ手術をやり遂げるまでのワクワク・ドキドキ・ドタバタを、その当時の最新医学知識をちりばめながら物語は進みます。
笑えたのは潜航艇が異物として認識され白血球に襲いかかられた場面。潜航艇からレーザー光線が飛んできた時には白血球もビビッたでしょう。きっと。
ミクロの戦い
実際のミクロの決死圏は体内で起こっている病原菌と免疫系を司る細胞達の戦いの事と言えます。その様子はあたかもSF映画に出てくる宇宙戦争を彷彿とさせ、細胞「軍」と言っても良いかも知れません。
まずは体内を巡回するパトロール役であるマクロファージが、侵入した病原菌を感知し免疫系の司令部に相当するT細胞に報告します。
この時、マクロファージは食作用で細菌を自身の細胞質内に取り込んで消化し、侵入者の特性を分析します。
他の細胞も呼び寄せて総力戦開始の準備をします。集まってきたB細胞の一部が局所に侵入した細菌の一部を取り込み、真の危険を感知すると共に敵の一部を引きちぎってT細胞に敵の形を報告。
これで一気にT細胞が活性化し援軍を呼びます。そして、局所に多数の援軍が集まったところで、敵に関する情報交換を行い、対抗のためミサイル攻撃(ミサイル=敵をやっつける抗体)を決定すると活性化したB細胞から抗体が一気に放出され敵への攻撃を実施するのです。なんとまぁ、ファンタスティック。
免疫学者の頭の中は、日々このような宇宙戦争の仕組みで占められているのです。でも、実際の免疫担当細胞はどれもこれも見分けが付かない位のひたすら「地味」な存在でした。
免疫学者達が普段やっている事は、免疫反応の結果起こった現象と、その時に活性化された細胞がどのような分子をその表面に持っているかと、その時にどのような分子を廻りに放出しているか、とかその時の抗体のクラスの分析なのです。
免疫系は様々な役割を持つ細胞集団のネットワークで構成されていますので、この様に統制の取れた組織的対応をするためには何らかの細胞間のコミュニケーション手段が無ければ到底うまくいきません。大規模かつ広範囲にわたる細胞間のコミュニケーションのためにサイトカインが使われるのです。
サイトカイン
サイトカインは様々な細胞から分泌されるタンパク質で、特定の細胞に情報伝達をしています。大体8~28kDa位の比較的小さなタンパク質です。
数百種が発見されており、覚えるのは一苦労2ですが、驚いた事にまだまだ発見されています。
代表的な機能としては、
- 免疫担当細胞の活性化/細胞の成長促進/細胞の分化促進により特異的免疫の活性化を媒介する機能。
- 抗原で活性化された免疫担当細胞から放出され、免疫性の炎症を促進・または抑制方向に制御する機能。
- 骨髄の中の未成熟な免疫担当細胞に働きかけて、非特異的に血液系細胞の増殖を制御する機能、
があります。
似たような伝達物質としてはホルモンが知られていますが、ホルモンは分泌する組織とか臓器が決まっているのに対しサイトカインはいろいろな細胞が作っています3。
サイトカインの種類
サイトカイン4の種類についてざっと整理します5。昔は免疫系調節に関与する分子でリンパ球が分泌するものをリンフォカイン6と言ったり、単球やマクロファージが分泌するものをモノカイン7と言う場合があって用語が乱れ飛んでいましたが全部サイトカインと言ってしまって大丈夫です。
インターロイキン(IL)8:各種免疫細胞が分泌し免疫系の機能を調節しています。現在30種以上が知られていますが、とりあえず免疫系全体をドカン!と活性化するIL-2を覚えておけば大丈夫でしょう。
ケモカイン9:白血球の遊走と言いましてこの分子が出ると引き寄せられるように免疫系の細胞が集まってきます。免疫は炎症の起きているその場に担当細胞が集まってくる肉弾戦なのです。
- インターフェロン(IFN)10:ウイルス増殖阻止や細胞増殖抑制の機能を持っています。ウイルスの増殖に干渉(interfere)すると言う意味から名付けられました。C型肝炎の治療薬にもなりました。
- 造血因子:血球の分化・増殖を促進します。マクロファージを刺激するコロニー刺激因子(CSF)11、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)12、赤血球を刺激するエリスロポエチン(EPO)などです。
- 細胞増殖因子:特定の細胞に対して増殖を促進します。上皮成長因子(EGF)13、線維芽細胞成長因子(FGF)14、血小板由来成長因子(PDGF)15、肝細胞増殖因子(HGF)16、トランスフォーミング成長因子(TGF)17、神経成長因子(NGF)18などです。
- 細胞傷害因子:腫瘍壊死因子(TNF-alpha)19やリンフォトキシン(TNF-beta)など、細胞にアポトーシスを誘発します。これらは構造的にも類似しTNFスーパーファミリーと呼ばれています。
- アディポカイン20:脂肪組織から分泌されるレプチン、TNF-alphaなどで食欲や脂質代謝の調節に関わっています。
お父さん解説
- あらすじ『物質の縮小技術は未完成で持続は1時間が限界。それを越えると元に戻ってしまう。アメリカはこの限界を克服する技術を開発した東側の科学者を亡命させるが敵側の襲撃を受け脳内出血を起こし意識不明となる。命を救うには医療チームを乗せた潜航艇を縮小して体内に注入し、脳の内部から治療するしかない。はたして1時間のタイムリミット内でチームは任務を遂行し体内から脱出できるのか。』
物質の縮小技術:ドラえもんの「スモールライト」を思い浮かべてくれれば良い。スモールライトで小さくなったのび太とドラえもんが、しずかちゃんの体内に入るという物語も確かあったはず。 - 覚える必要はありません
- Erythropoietin:EPO等のようにホルモンとサイトカインの両方に分類されるものもあるので、実際はそれほど厳密な分類でもない
- サイトカイン:cytokine
- これらの活性は強烈なので、サイトカインの一部は医薬品として使われて
いたりもする - リンフォカイン:lymphokine
- モノカイン:monokine
- インターロイキン:Interleukin:IL
- ケモカイン:chemokine
- インターフェロン:Interferon:IFN
- コロニー刺激因子:Coloney-Stimulating Factor:CSF
- 顆粒球コロニー刺激因子:Granulocyte-CSF
- 上皮成長因子:Epidermal Growth Factor:EGF
- 線維芽細胞成長因子:Fibroblast Growth Factor:FGF
- 血小板由来成長因子:platelet-derived growth factor:PDGF、
- 肝細胞増殖因子:Hepatocyto Growth Factor:HGF
- トランスフォーミング成長因子:transforming growth factor:TGF
- 神経成長因子:Nerve Growth Factor:NGF。
- 腫瘍壊死因子:tumor necrosis factor:TNF
- アディポカイン:adipocytokine