生物1の生物らしさとは何かと言うと、食べ物を食べて活動エネルギーにしたり、食べ物を材料として自分の体を構成したりする事。それと、もう一つは分裂したり子供を産んだりと手段はいろいろですが、増殖して子孫を残せる事の2つです。
食べないと生物としての基本がまっとうできませんので、これはとっても重要なテーマ。君たちも小学校の時から、理科とか生活科で食べ物の消化・吸収についてのお話を聞いた事がきっと有るはず。
先日、小学校の給食だより2を何気なく読んでいたら、だ液の役割と共にだ液の中のはたらきものたちと称して、その成分が紹介されていました。
お父さんが知っているだ液の成分といえば、アミラーゼくらい。なのに知らない間にはたらきものたちが随分とたくさん知られるようになっていました。最近の小学生はすごい事たくさん知っているのだね。
消化は代謝の入り口
食べ物を食べると言うのは、生物らしさの一つです。
その内、食べ物から活動に必要なエネルギーを取り出す事は、専門用語では異化と言います。英語ではcatabolism。食べ物が吸収される時は、事前に小さな分子にまで細かくされます。食べ物は大体が大きな分子で出来ていますので、小さな部品のようになるのだと思ってください。
その後、吸収した部品やそこから取り出したエネルギーを使って何かを造る事を同化と言います。英語ではanabolism3。
そして、この異化と同化の二つを併せて代謝(metabolism)と呼んでいます。まずは食べない事には何も始まりません。食べ物の消化・吸収と言うのは代謝活動の入り口なのです。
口腔での消化
ヒトの場合で話をしましょう。口の中では、咀嚼により食べ物が物理的に細かく砕かれて小さくなると共に、だ液とよ~く混ぜ合わされます。これが、消化の最初のステップです。
物理的に細かくするのは、摂取した食物の表面積が大きくなる事を意味します。
後に説明しますが、消化はいろんな酵素反応の集合体ですので酵素がより働き易い環境を作る事が大事。表面積が多ければそれだけ酵素が栄養の成分にアクセスし易くなり消化が進みます。丸呑みした食べ物は消化に悪そうですので感覚的にも判ってもらえるかね。
だ液には、だ液アミラーゼ4と言う消化酵素が含まれており、デンプンを糖にまで分解してくれます。デンプンを含む液体はヨウ素液の反応で青紫になるのに、だ液を混ぜて暖めてからヨウ素液を加えると色が変わりません。そういう実験を小学校時代にやったでしょう。
デンプンの主成分はアミロース5とかアミロペクチン6と言い、グルコースがたくさん繋がってできた高分子化合物です。ラテン語のamylumがその語源。だからそれを分解できる酵素の名前がアミラーゼです。
ご飯をよく噛むと甘くなるね、と言うのは、だ液中のアミラーゼの働きでアミロースが分解されたから。そうは言ってもグルコース分子一個々々にまではまだ分解できてはいません。
一部分が、オリゴ糖7と呼ばれる複数個のグルコースでできた分子にはなっています。これがほのかに甘いのです。
胃での消化
胃の中は酸性8。主に何をしているかと言うと、タンパク質の分解です。
タンパク質と言うのはアミノ酸の連なりでできており、一個々々のアミノ酸がペプチド結合と言う結合の仕方でくっついています。
なぜに酸性?かと言うと、タンパク質のペプチド結合と言うのは、強い酸性、または強いアルカリ性の環境では外れやすくなるからです。
水溶液の液性が酸性か、アルカリ性かを示す指標としては、pH(ピーエッチ)9が使われます。0~14の間の数値で表され、7が中性。
それより小さな値になり0に近づく程酸性の度合いが強く、また、14に近づけばアルカリ性で有る事を示します10。
胃の場合は、pHは1~2位ですので、相当の酸性度と思ってください。この酸で、お肉を溶かします。胃で出て来る消化液の事を胃酸と呼びますものね。
胃酸の中には、お肉を分解する消化酵素も入っています。
ペプシンと言う名前のタンパク分解酵素がその代表格。ペプシンは酸性の状態で最高のパフォーマンスを発揮し、酸性アミノ酸残基や芳香族アミノ酸残基のC末側で切断してタンパク質を小さくします11。
十二指腸での消化
十二指腸の中はややアルカリ性。pHで言うと約10程度です。
胃から出て来た消化物は胃酸のせいで酸性になっていますので、十二指腸の環境で中和されます。十二指腸の乳頭と言うところからは、膵臓から出てくる膵液、肝臓から胆嚢を経由して出てくる胆汁が混ざった消化液が外分泌されてきます。
膵液中には、糖を分解するアミラーゼ、マルターゼ、ショ糖を分解するインベルターゼ、脂肪を分解するリパーゼ、タンパク質を分解する酵素で、トリプシン、キモトリプシン、カルボキシペプチダーゼ、核酸を分解するヌクレアーゼ等、食物中のほぼ全ての栄養素を分解できる消化酵素が入っています。12
タンパク質分解の過程においては、胃液の酸、胃液中のペプシン、膵液中のトリプシン、キモトリプシンにて大まかにタンパクが分断された後に、カルボキシペプチダーゼによってペプチドのC末端から一個ずつのアミノ酸にまで分解されます。
前者は、タンパクの一次構造の内部で切断することからエンドペプチダーゼ、後者は一次構造の外側から一個ずつアミノ酸を切り出して行くのでエキソペプチダーゼと呼ばれます。
一方、脂質の消化の過程では胆汁酸が大きく役に立ちます。胆汁の中には排泄物としてのビリルビンの他に、胆汁酸が入っています。
本来であれば水に溶けにくい脂質類は、胆汁酸の働きで水溶液中に分散する事ができるようになります。これによってリパーゼが働き易くなるのです。
十二指腸で消化液と混ぜ合わされた食物は、その後小腸を進みながら完全に消化されると共に、バラバラにされた栄養素が吸収されていきます。
酵素反応
体内で物質の化学的変化が起きている場合、ほぼ酵素13の働きが噛んでいると言って良いです。
酵素というのは、一言で言ってしまうとタンパク質でできた触媒の事。
触媒は、自分自身は特に化学変化を起こさないのだけれど他の分子に働きかけて様々な化学変化の速度を上昇させる物質の総称です14。
タンパク質でできていますので、もちろんこれは遺伝子の中に設計図が仕込まれています。
すなわちどのような物質をどのように化学的に変化させるか?と言う指令がゲノムの中に情報として入っていて、その酵素が発現した事で何かしらの生体内化学変化を司るのだととらえてください。
この本の中にはこれから先、実にたくさんの酵素関連のお話が出てくる予定です。それは、酵素を利用した物質代謝が生物の持つ生物らしさその物であるのだから。
生物の活動を支える酵素類について理解する事、つまり、物質が体内でどの様に化学変化を起こすのかを知る事が代謝を知る事であり、代謝について知る事は生物について知る入り口になるだろうと思うからです。15
お父さん解説
- いきなり「生物」と大上段に言い切っているが、ここで取り上げているのは主に「従属栄養生物」の事。植物などのように昼間は太陽のエネルギーを受けて自前で有機物を合成している生き物は「独立栄養生物」と呼ばれる。
- 給食だより:当時、おねいちゃんが通っていた小学校からのお知らせ用のわら半紙の事。
- オリンピックのドーピング検査で一躍有名になったのはアナボリックステロイド:anabolic steroid:タンパク質同化ステロイド。ソウルオリンピックでベン・ジョンソンはこれが理由で金メダルを剥奪された。連続して投与すると筋肉ムキムキになるが心血管系の病気で死ぬ。
- だ液アミラーゼ:salivary amylase
- アミロース:amylose
- アミロペクチン:amylopectin
- オリゴ~と言うのは、数個の~と言う意味/だからオリゴ糖といえばグルコースが数個のレベル連なったモノ。
- 胃の粘膜細胞の表面にはプロトンポンプ :Proton Pump と呼ばれるモノがあり、ヒスタミンの作用でせっせとプロトン H+イオンを胃の中に放出している。
- pH(ピーエッチ):お父さんの若い頃はペーハーとドイツ語読みしていた。
- pH と言うのは、H+イオン濃度の マイナスLog の事であり、H+イオンが多ければ酸性が強い事を示す
- タンパク質の場合、胃液の酸性条件と酵素ペプシンの働きによりある程度まで細かく分解され、膵液のトリプシンで更に細かく分解される
- アミラーゼ:amylase、マルターゼ:maltase、インベルターゼ:invertase、リパーゼ:lipase、トリプシン:trypsin、キモトリプシン:chymotrypsin、カルボキシペプチダーゼ:carboxy peptidase、ヌクレアーゼ:nuclease、タンパク分解酵素の事は総称してprotease:プロテアーゼと言う、エンドペプチダーゼ:endopeptidase、エキソペプチダーゼ:exopeptidase
- 酵素(enzyme:エンザイム)酵素は生物が物質を消化する段階から吸収・輸送・代謝・排泄に至るまでのあらゆる過程に関与しており、生体が物質を変化させて利用するのに欠かせない。
- 酵素は生命維持に必要なさまざまな化学変化を起こさせる。
特徴としては以下の3つ
① 作用する物質(基質)をえり好みする性質(基質特異性)
② 目的の反応だけを進行させる性質(反応選択性)
③ 好みの温度がある(温度選択性) - 更に、酵素類の反応とその役割について理解すると、例えばシクロオキシゲナーゼ阻害剤は解熱鎮痛薬になるし、ヒドロキシメチルグルタリルCoA 阻害剤はコレステロール低下剤になるしといった具合に創薬の標的としても有用である事が判る。