骨は巨大なカルシウム貯蔵庫です。ですからカルシウムを備蓄したり放出したりしながら常に新陳代謝しています。
変わらない様に見えるのですが、静かに変化しているのです。
同化1と異化2すなわち両者を合わせた代謝3は自己複製と共に生命の本質でしたね。
ヒトの組織の中で最も堅く、一見して何も変化していない様に見える骨においてもそれは同じ。ポッキリ骨折してしまっても添木を当てて縛り付けておけばやがてはくっついてしまうではないですか。当然のごとく骨だって生きているからです。
骨の代謝の様子は、あたかも市街地の再開発に似ています。
都市の再開発では、既存の町並みをいったん壊してからでないと次の整備が進みません。ただし、まっさらな敷地にしてからではなく、幾分か過去の町並みを残しながら新しい町並みを造り直して行きます。
壊しながら造っている訳です。
カルシウム貯蔵庫
骨は文字通り体の骨格を形成しますが、役割はそれだけではありません。
骨の表面は堅い皮質骨で出来ているけど、中心部はスポンジのような構造をしていて、造血幹細胞が各種の血液細胞と免疫系の細胞を生み出す場を提供しています。
更に、骨の成分は大部分がヒドロキシアパタイトと言う、カルシウムとリン酸で構成される物質ですので、体内カルシウムの巨大貯蔵庫としてもとっても大事なのです。
カルシウムは食事から摂取する事が重要なのですが、それがうまく出来ないと血液中のカルシウム濃度が下がってしまい、重要な反応が出来なくて大変な事になります。
そのため、カルシウム貯蔵庫である骨からのカルシウムの出し入れが常に行われているのです。
コントロールしているのは甲状腺4と副甲状腺5。両者には血液中のカルシウム濃度を常に監視しているセンサーが存在し、カルシウム濃度を制御するためのホルモンを造っています。
甲状腺は、血液中カルシウム濃度が高すぎる時、カルシトニン6と言うホルモンを放出して血中カルシウムを使って骨を作らせる様にします。サケから採ったサケカルシトニンは骨粗鬆症7のおクスリとして有名ですね。
また、副甲状腺は血中カルシウム濃度が低い時、副甲状腺ホルモン8を放出して骨からカルシウムを遊離させます。
カルシウムの濃度調節は非常に重要ですので、まだ他にも内分泌系の制御機構が有ります。
ビタミンDは腎臓で合成されて、小腸でのカルシウム吸収を促進させます。また、腎臓からカルシウムが排出されるのを抑制します。更に、骨を形成して骨格としての健全性を保つのに、女性ホルモンも重要な役割を果たします。
この様に、複数の内分泌系の制御が協働して血中カルシウム濃度を厳密に一定に制御しているのです。
カルシウムの役割
カルシウムと言うのは、血液凝固においても不可欠のイオンです。細胞と細胞をくっつけるのにも必須のイオンです。そして、体中の細胞の中での反応には、全てカルシウムが欠かせません。
血液中では厳密にその濃度が制御されていましたが、加えて特徴的なのは、細胞の中の濃度も非常に厳密に制御されている事です。細胞外の1万分の1しか含まれていません。
細胞の内外でイオン濃度に差があるのは決して珍しい事では有りませんが、これほど差が際立っているのはカルシウムのみです。
これは、カルシウムが細胞内に入ってきた時、情報のメッセンジャー(運び屋)として使われるから。
すなわち、元々カルシウムが無いところにちょっとだけでもカルシウムが入ってくると、それを引き金にして細胞の様々な反応を引き起こすと言う仕組みのために使われているからです。カルシウムシグナリング9と言います。
筋肉では筋収縮の信号ですし、自律神経系に反応して血管の緊張を起こさせたりするのにも欠かせません。脳の中では神経伝達物質の放出にも係わっています。
細胞の中と外、厳密に濃度を制御しなければ、こうしたカルシウムを使った全ての生体反応が止まってしまいます。ですので、生きていくためには生体エネルギーをたくさん使ってでもその状態を維持し続けなければならないのです。
リモデリングのバランス
骨の場合は、壊す方の役割を破骨細胞10が担っています。破骨細胞によって骨の成分が分解して吸収されます。
一方、いつも破骨細胞のソバに寄り添うように存在する骨芽細胞11によって新しい骨が造り出されていきます。
破骨細胞と骨芽細胞、この両者の働きのバランスにより、骨の代謝、言い換えると骨の健康が保たれているのです12。
スクラップ&ビルドは、何も町並みだけの話ではなく、骨の形成でも全く同様なのでした。これを骨のリモデリング13と言って、重要な仕組みなのです。
そして、その分解と新生のバランスは、PTHやCT等のホルモンによってコントロールされています。CTは破骨細胞の働きを抑制して血中のカルシウムを利用して骨を作る方へバランスを傾けます。
一方、PTHは破骨細胞による骨分解を促進して、血中のカルシウムイオンが増えるようにします。
健康な時には破骨細胞と骨芽細胞の活性は均衡しており、壊した古い骨と同じ量の新しい骨を作りながら、骨量と血中カルシウム濃度のバランスを保っているのでした。
骨の病気
骨リモデリングのバランスが崩れた状態が、骨の病気です。
破骨細胞による骨分解が異常に亢進する、骨ページェット病14では、バランスを保とうとして骨芽細胞が未熟な骨(線維骨)ばかりを作るので、骨が脆くなります。
副甲状腺機能亢進症15ではPTHが増え過ぎる事で破骨細胞が増え、活動が亢進しますので全く同様の事が起こります。
逆に破骨細胞による骨分解が出来なくなった場合は、大理石骨病16と言って、骨が異常に成長して硬くなります。
硬いだけならばそれほどの問題では無いのですが、骨髄のスポンジ部分も骨で埋まってしまい、造血幹細胞の場所が無くなって貧血になってしまうのです。
骨の病気として、良く耳にするのは骨粗鬆症17ですが、これは加齢に伴い、腸管でのカルシウムの吸収率が低下する、ビタミンDの生産量が不足する、運動量が減少する、骨芽細胞による骨新生の能力が低下する、等により、骨が造られるよりも壊される方が多くなる事が原因です。
特徴的なのは、骨芽細胞はエストロゲンのレセプターも持っていまして、このホルモンの刺激によっても骨新生が活性化されている事。
ですので、閉経後の女性に骨粗鬆症が多くなるのは、このエストロゲンの分泌が急激に減少してしまう事が原因なのです。妊娠/出産が可能な間はホルモンによって、女性は骨も守られていたのですね。
お父さん解説
- 同化:anabolism
- 異化:catabolism
- 代謝:metabolism
- 甲状腺:thyroid gland
- 副甲状腺:parathyroid gland
- カルシトニン:calcitonin:CT
- 骨粗鬆症:osteoporosis
- 副甲状腺ホルモン:parathyroid hormone:PTH
- カルシウムシグナリング:calcium signaling
- 破骨細胞:osteoclasts
- 骨芽細胞:osteoblasts
- 骨の中で破骨細胞が造られたり、あるいは骨を吸収したりする際にその周りを良く見てみると、常に骨芽細胞が傍にくっついている事が観察される。まるで恋人同士のカップルの様に寄り添っているので、これを破骨細胞と骨芽細胞のカップリングと呼んでいる
- リモデリング:再構築:remodeling
- 骨ページェット病:Paget’s disease
- 副甲状腺機能亢進症:hyperparathyroidism
- 大理石骨病:osteopetrosis
- 骨粗鬆症:osteoporosis