リン脂質と細胞膜

こんな材料で体は出来ている

中性脂肪は脂肪酸3つがグリセロール1分子にくっついていたので、その構造からトリグリセリド1と呼ばれていたのでした。

それと良く似てはいるのですが、一部の構造が変わる事で性質と機能と役割が劇的に異なる別の脂質があります。リン脂質です2

グリセロールに脂肪酸がくっついているのは中性脂肪と同じですが、一箇所だけリン(P)に酸素(O)が引っ付いたリン酸部分と窒素(N)が+にイオン化したアミンが付く事で分子の中に非常に水に溶けやすい部分が出来ました。

荷電できる部分は極性基3と言い、水に溶け易いその性質を親水性4のと表現します。

分子の中が非極性5の中性脂肪は分子全体が疎水性6のであると表現します。

リン脂質は一つの分子の中に親水性の高い部分と疎水性の高い部分が同居する事から水溶液中では特殊な挙動を示します7。複数のリン脂質が同じ性質の部分を寄せ合わせて集合する性質により、細胞の膜を構成する主要な分子として働いているのです。

リン脂質

脂質と聞くと、単なる油で、高カロリーで、肥満に繋がるなんとなく邪魔者と感じてしまう事と他の糖代謝やタンパク質、核酸の勉強ほど派手さが無いので脂質生化学の講義は学生に人気が無かったりします。

脂質の種類が多くて、機能が多岐に渡って、構造がそれぞれに複雑でムツカシイと言った所も影響していそうです。

エネルギー代謝系では、もちろん蓄積エネルギーの代表として重要。

脂質の生合成と分解は多ステップの代謝を受けますので代謝マップの勉強の途中では悲鳴が聞こえてきます。また、生命の基本構成単位である細胞の膜を構成する主成分ですから、脂質が無いとそもそも生命が成立しません。

脂質の例としては中性脂肪が代表格ですが、コレステロールも入りますし、胆汁酸もそうです。

数多くのステロイドホルモンや、脂溶性ビタミンなども当然のごとく脂質ですし、脂質メディエーターと言って細胞間情報伝達にも顔を出します。

更にはタンパク質と結びついてリポプロテインなるものを構成し、体全体のエネルギー代謝を仲介します。HDLコレステロールとか、LDLコレステロールとかですね。本来の役割の他に、血管に沈着して動脈硬化の原因にもなったりもします。

リン脂質は細胞膜の主要構成成分として重要であり、また細胞内/細胞外情報伝達の要ともなる重要分子です。

例としては次の様な物があります。ホスファチジルコリン8、ホスファチジルエタノールアミン9、ホスファチジルグリセロール10、ホスファチジルイノシトール11等です。

このうち、ホスファチジルコリンと言うのは食品添加物の内、乳化安定剤と言う名前で良く見ます。レシチンの方が通りが良いでしょうか12。両者は同じ物です。

健康食品ラインナップにも見かけますが、普通に食べてればリン脂質なんて山ほど摂れますので特にお勧めはしません。

細胞膜

細胞膜を持たないウイルスと言う生き物も居るには居ますが、生物の体を構成する基本単位は、ほぼ細胞と考えて良いです。

細胞の中には生命を維持するための様々な構成部品が詰まっており、エネルギー代謝、自己複製、その他細胞ごとに割り振られた特別の機能を発揮するために日々物質代謝をやっています13

生命が生命たりえるための物質代謝ですが、外の雑多な環境から隔絶された秩序の中で無いと整合の取れた活動は保障できません。ですので、細胞の外と内を物理的にきちんと区別するための細胞膜の存在とその機能が重要になります。

物質代謝を司るのはタンパク質で出来た酵素ですし、それらの基質となる物質は水溶性の物が多いです。生命は元々海で発生したと考えられていますしね。

ですので、水っぽい細胞の中身と水っぽい外の環境をきちんと分けるためには、外と中が混ざらない油で細胞膜が出来ていると都合が良いのです。

しかも、ただ分けるだけでなく、代謝のためにエネルギーを持つ分子等の必要な物質を取り込んで、要らなくなった排泄物を外に放り出せるような背反する機能も併せて持たなければなりません。

さらに、細胞分裂する際には、細胞の中身を出さないようにしながら2つに分かれると言うアクロバットまでこなします。

リン脂質の分子は構造的には親水性部分の『頭』と2本の脂肪酸で出来た疎水性部分の『ひげ』で表現される事が多いです。疎水性のヒゲの部分を向き合わせるようにして、外側に親水性の頭を並べて1枚の膜を構成しているのが細胞膜の基本的構造です。

脂質二重層14と言います。

そして、この膜は硬い物ではなく状況により形を変える事ができ、膜の中に、あるいは膜を貫通して各種の膜タンパク質が居ます。

これを生物学の専門用語で『細胞膜の流動モザイクモデル』と言います。膜タンパク質が脂質二重層の海にプカプカと浮いている様にイメージしてもらえれば良いでしょう。

リン脂質で構成された膜の内側、脂溶性の部分には、生体を構成する単一の脂質としては量的に最も重要なコレステロール15が溶け込んでいる事も良く知られています。

これは、リン脂質でできた脂質二重層に、一定の比率でコレステロールに代表されるステロール類が溶けていると、膜としての安定性が飛躍的に向上するからなのです。

だから、コレステロールも非常に重要な膜構成成分になります。こうして実にたくさんの油で細胞膜が出来ているのでした16


お父さん解説

  1. トリグリセリド:triglyceride
  2. リン脂質:phospholipid
  3. 極性基:polar group
  4. 親水性:hydrophilic
  5. 非極性:nonpolar
  6. 疎水性の:hydrophobic
  7. Polar の反対は nonpolar。hydrophilic の反対語は hydrophobic
  8. ホスファチジルコリン:phosphatidyl choline
  9. ホスファチジルエタノールアミン:phosphatidyl ethanolamine
  10. ホスファチジルグリセロール:phosphatidyl glycerol
  11. ホスファチジルイノシトール:phosphatidylinositol
  12. レシチン:lecithin 大豆レシチン、卵黄レシチン と言うのが乳化剤として加工食品によく入っている。「乳化」と言うのは混ざりにくい水と油をうまく混ぜ合わせる事を言い、レシチンが石鹸の分子の様に水と油の間にはまり込む性質を利用している
  13. 生物の生物たる特徴は代謝と自己複製の2つです
  14. 脂質二重層:lipid bilayer
  15. コレステロール:cholesterol わざわざ「単一」の脂質としてと前置きしたのはトリグリセリドとかリン脂質は構成している脂肪酸の長さがマチマチなので必ずしも同一分子とは言えないから
  16. ステロール類には、コレステロールとか、ラノステロールとか、エルゴステロールとか、シトステロールとか種類がある。動物か植物かによって使うステロールも異なる
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