アミノ酸

こんな材料で体は出来ている

アミノ酸は我々の体を構成するタンパク質の部品でありますし、肝臓その他臓器でのエネルギー代謝の中間体になったりもします。さらに情報伝達に重要な役割を果たす各種生体アミン類の材料だったりもする、とてもマルチで重要な分子です。

分子の中にアミノ基1とカルボキシル基2の両方を同時に持っていれば何でもアミノ酸。

実際には500を確実に超える種類がありますが、今回はタンパク質を構成するものに限ってお話を進めます。これでめでたく一気に20種類に限定されました3

この20種類でヒトの体重の約2割を占めており、これらの順列や組合せで何万種類ものタンパク質やペプチドができあがっているのです。

タンパク質の部品

タンパク質がアミノ酸からできている事は、その昔イギリスの化学者サンガーにより証明されました。牛のすい臓をかき集めて抽出したインスリンが51個のアミノ酸から構成されている事が判ったからです。

ですのでタンパク質は個々のアミノ酸の連なりで表現する事ができます。ただ、フルネームで示すと長くなってしょうがないので3文字表記か1文字表記45の略称で書くようにしました。

例えばアラニンと言うアミノ酸は、3文字表記でAla、1文字表記でAです。タンパク質やペプチドはその並び順がとても大切なので、この並び順の事をタンパク質の一次構造6と呼んでいます。

タンパク質は日々体内で造られるので、材料のアミノ酸もたくさん必要とされます。材料としては食事として摂取した肉、魚、穀物などのタンパク質がアミノ酸レベルに分解された物が充てられます。

一部のアミノ酸は別の材料から代謝され、ヒトの体の中で新しく造ることができるので非必須アミノ酸7と呼ばれ、これも材料に使われます。

でも、絶対自前では合成できず、食べ物から摂るしかない必須アミノ酸8というのも9個あります。

アミノ酸の構造

タンパク質を造る時、一個一個のアミノ酸は隣のアミノ酸と手を繋ぎますが、アミノ基とカルボキシル基は、その時の手に相当します9

タンパク質を構成する20種類のアミノ酸は、アミノ基とカルボキシル基の部分はみんな一緒です。だから、それぞれのアミノ酸を特徴付けているのはそれ以外の部分でして、特徴的な部分の事を残基10と呼んでいます。

例えばアラニンのアミノ酸残基はメチル基。タンパク質の中で機能を発揮するときにも、生体内アミンに形を変えて作用するときにも、この残基の部分の構造と機能が重要になり、塩基性アミノ酸11、非極性(疎水性)アミノ酸12、極性(親水性)アミノ酸13、酸性アミノ酸14、Aromatic/芳香族アミノ酸15の様に、残基の構造と性質によって分類する事が出来ます。

鏡像異性体

元素の組成は全く同じなのに、結合の形が変わること事で区別される分子同士を構造異性体16と言います。

さらに、結合の形も全く同じなのに、右手と左手の関係の様に互いに鏡に映すと同一になるのですが、決して重ね合わせる事のできない異性体があります。これをエナンチオマー(鏡像異性体)17と呼びます。

エナンチオマーはそれぞれ、D体、L体の様に分別され、生物の体を構成するアミノ酸は全てL体です18

アミノ酸の中心になる炭素には、まず、アミノ基が付いています。そしてカルボキシル基が付いています。構造式では表示を省略されてしまうのですが、水素が一個付いています。

最後に、アミノ酸ごとに特徴的な残基が付いていて、4本の手それぞれに別々のものが付くとエナンチオマーが出来るようになります19

この4つの官能基は炭素を中心に正四面体の頂点を形成しますので、繋がり方によっては鏡像関係になるのです20

エナンチオマーが出来うる性質の事をキラリティ21が有ると言い、その性質を持つ分子をキラル22と言います。これらの語はギリシャ語で「手」を意味するχειρ(cheir)が語源になっているのでした23

医薬品に用いる分子はキラルなものが多く、片方の異性体が薬効を持つのに、もう片方は薬効が無い、あるいは毒性が強いと言った事もあります。

有名なのはサリドマイドと言うお薬。睡眠導入剤として有用であったのに、エナンチオマーには催奇形性があり、妊娠期間中に睡眠不足でサリドマイドを処方された母親から障害を持った子供が生まれると言う悲劇がありました。

D体とL体が等量ずつ混ざっているものをラセミ混合物と呼ぶのですが、昔の薬は片方のエナンチオマーだけを精製出来ず、ラセミで売っていました。薬効のあるものと副作用を出すものが混ざっていたのです。

昔の悲劇を繰り返さないよう、現代のお薬は鏡像異性体があるものは光学的に分割されて作られています24

インスリンのお話

昔々から、体内には糖の利用をコントロールするホルモンが絶対有るはずだと予想されてはいたのですが、1900年代初めまでは、それが一体何であるのかわからない時代が続いていました。

ある時、犬を使って膵臓の研究をしていた医師が、膵臓を取り去った犬の尿にハエがたかっているのを見て、その犬が糖尿病になった事に気付き、これを契機にインスリンが発見されています。

ホルモンは膵臓から出ていたのですね25
膵臓を輪切りにして顕微鏡で観察すると島の様な構造をしていた事から、島/IslandにちなんでインスリンInsulinと名付けられました。

なお、島に見えたところは、ランゲルハンス島26と呼びます。1900年代中頃には、タンパク質/ペプチドの一次構造を調べる方法も新しく開発されました。

膵臓の外分泌と内分泌

膵臓が、消化酵素を含む膵液というのを十二指腸内に放出して、食べ物の消化を助けると言うのは以前から知られていました。これを外分泌27と言います。

消化管の内部は、外なのです。消化管のある生物をチクワに見立て、片方の穴を口、もう一方の穴をお尻と思えば、チクワの穴の部分は体の外ですね28

インスリンの発見により、膵臓は外分泌器官としての役割だけでなく、血液中にホルモンを分泌する器官でも有る事が新たに判った訳です。こっちは内分泌29と言います。


お父さん解説

  1. アミノ基:-NH2
  2. カルボキシル基:-COOH
  3. タンパク質を構成するアミノ酸は全てαアミノ酸である。カルボン酸(-COOH)の引っ付いている炭素原子の隣の炭素は β炭素であり、β炭素にアミノ基が引っ付いていればそれはβアミノ酸である。βアミノ酸の中にも重要な物はある
  4. ナカライテスクさんのWEB ページ参照 https://www.nacalai.co.jp/information/trivia2/10.html
  5. 貞廣知行 (さだひろ=ともゆき)さんのWEBページ アミノ酸の略号 http://nomenclator.la.coocan.jp/chem/text/aminosym.htm
  6. 一次構造を示す時のアミノ酸の並び順は必ずアミノ基が繋がっていない方のアミノ酸から書くと国際的に決まっている。コレをN 末端、またはN 末と呼ぶ。逆にカルボキシル基の手が余っている方をC 末端、C 末と呼ぶ。N 末端から一次構造を書く理由は、アミノ酸が連なってタンパク質が出来上がる時にN 末から合成されるから
  7. なんか、「非必須アミノ酸」と言われると無くても良い様なイメージを与えるが、そんな事は無い..とても大事
  8. 必須アミノ酸とか非必須アミノ酸 は動物の種類によって変わる。ココでの例はあくまでもヒトの場合である
  9. アミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)の繋がりは、通常の化合物の場合はアミド結合と言うが、タンパク質を造る時だけ「ペプチド結合」と言う特別の呼び方をする
  10. 残基:residue(だから構造式の中では”R”と表記される) タンパク質の立体構造を捉える時にこの残基の性質を知る事が重要になって来る。
    球状タンパク質の場合、タンパク質の内部は疎水性アミノ酸、外側は親水性アミノ酸で出来ていて水にとけている。また、膜タンパク質の場合は、細胞膜に埋め込まれた部分の疎水性が高い。
    このように極性・非極性を手がかりにして構造と機能を考える時に役立つ。なぜ、疎水性アミノ酸が多いところは細胞膜に関連するかと言うと、細胞膜は「油」で出来ているからである
  11. Basic/塩基性アミノ酸
  12. Non-Polar:Hydrophobic/非極性:疎水性アミノ酸
  13. Polar:Hydrophilic/極性:親水性アミノ酸
  14. Acidic/酸性アミノ酸
  15. Aromatic/芳香族アミノ酸
  16. 構造異性体/structual isomer
  17. エナンチオマー:enantiomer 鏡像異性体
  18. 昔々、お父さんがハヤカワSF 文庫にはまっていた頃、海外小説で「地球人と外見はそっくりなのに全てのアミノ酸がD 体で出来ている異星人を愛してしまった」と言うお話を読んだ。異なる分子のため、食物も別であり、互いに交わる事も出来ないとあった。その頃は「交わる」の意味が良く判っておらず、小説の切なさも判らなかった
  19. 有機物の基本骨格は炭素:C である。炭素は4本の結合手を持ち、炭素同士で様々な分子骨格を作る事が出来る。周期律表ではその真下にケイ素:Siがあり、やはり結合手は4つある。ケイ素で出来た基本分子骨格を持つ地球外生命体のSF をやはりハヤカワSF 文庫で読んでいた
  20. グリシンは、残基が水素原子なので同じモノが二つ炭素についている事になる。こういうのはエナンチオマーを造れないので、D 体もL 体も無い
  21. キラリティ/chirality
  22. キラル/chiral
  23. もちろん左手と右手は鏡像関係。ちなみに漢字で書くと「対称体」ではなく「対掌体」である
  24. キラルな化合物の中心に有る炭素:すなわち4本ある炭素の手のそれぞれに別の官能基が付いている場合、それを「アシメ炭素」、又は「不斉炭素」と言う。
    不斉炭素の数が1個なら、鏡像関係に有る立体異性体は2個、不斉炭素が2個なら立体異性体は4個、3個なら8個、と言うようにエナンチオマーの数は2のN 乗で増えていく。
    異性体による予期できない副作用を排除して、標的分子特異性を上げ、より有効性の高い医薬品を作るためには、1種類の分子だけにしなければならない。
    そのためには立体異性体を純粋な形で分離する「不斉合成」や出来上がった分子を「光学分割」する手間がかかり、医薬品の構造中に、不斉炭素が増えれば増える程化学合成は難しく、異性体の分離精製に余計なコストがかかるようになり製造原価が跳ね上がる
  25. 膵臓から出る 内分泌ホルモンはもう一個ある / グルカゴン
  26. ランゲルハンス島:islets of Langerhans
  27. 外分泌:エクソクラインExocrine 接頭語でExo-と言えば外。Endo-とついていれば内を表す。エキゾチックなExoticというのは頭にExo-がついているので外来性のと言う意味
  28. インスリンが分泌されるのは血管内、これはチクワでは食べる部分に相当する
  29. 内分泌:エンドクラインEndocrine 何かしら新しい世界の言葉を覚えようと思った時には、元の単語の意味と共に、反対語も一緒にセットで調べてみるのが効率が良い。
    娘にもせっせとやらせていた。彼女は、「暑い」の反対が「寒い」、「熱い」の反対が「冷たい」、「厚い」の反対が「薄い」、のあたりで幼稚園の頃は混乱していた。 先日見ていたら弟に同じ事をさせていた。そのうち、「ずるい」の反対は?と聞くと「ずるくない」と答えるようになった
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