脂肪酸アレコレ

実は体の中で燃えている

立場が替わると名前の付け方まで変わってしまう。同じものを見ているのに違う呼ばれ方をする。でも、いろんな呼ばれ方をするのには訳があります。

理由が判ると面白くなって来るのですが、これが結構大変なのです。

高級脂肪酸と低級脂肪酸

脂肪酸は、持っている炭素の数で高級か低級かに分ける事ができます。つまりは炭素の繋がりで出来ている鎖の長さの違いです。

アルコールの場合も長さの違いで分けるのですが境目の数は微妙に違います。高級脂肪酸と言えば炭素12個以上のものを指します。また、高級アルコールと言えば炭素6個以上です。

洗剤のコマーシャルに高級アルコール系洗剤とあったら、それは炭素数の多いアルコールから作った洗剤という意味であり、決して上等のアルコール1でできた洗剤では無い事に注意して下さい。

これは、脂肪酸とかアルコールを炭素の数で分類しようとした舶来の概念が日本に入って来た時に、higherって書いてあるのを無理やり「高級」と最初に訳しちゃったヒトが悪いのです。誰かは知りません….

飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸

炭素が他の元素と手を繋いで有機化合物を形成する時には4本の結合手を使います。

炭素同士の結合の仕方には種類があり、1本の手で炭素同士が繋がっているC-C単結合の事をアルカンまたはパラフィン系炭化水素と呼んでいます。

2本の結合手を使ってC=C二重結合を持つ場合では、アルケンまたはオレフィン系炭化水素、3本の結合手を使うCC三重結合では、アルキンまたはアセチレン系炭化水素と呼ばれます。

全部のC-C結合が単結合で出来ているパラフィン系を、化学の言葉では「飽和している」と言います。

逆に、二重結合や三重結合の存在するオレフィン系やアセチレン系の時は不飽和。

何が飽和なのかと言うと、結合に使う手の事。二重結合や三重結合では一個の手が外れても、まだ分子は繋がっていられますね。外れた方の手を使えば他の原子ともまたくっつく事ができるので二重結合以上があれば不飽和なのです。

例えば、二重結合が有るところに、酸素が割り込んで入ってくると、その脂肪酸は酸化された事になります。だから飽和脂肪酸よりも不飽和脂肪酸の方が酸化され易い、すなわち傷み易いと言う事実とも繋がるのです。

シス脂肪酸とトランス脂肪酸

新聞で読んだのですが、セブン&アイホールディングスと言う会社では、2011年からトランス脂肪酸を含む製品の取扱いをやめてしまったそうです。

これは、WHO(世界保健機関)が2003年に出したレポートで、トランス脂肪酸の過剰摂取が虚血性心疾患の発症を促進し、認知機能の低下をも引き起こすと指摘したからです。

そして、トランス脂肪酸の摂取量は全カロリーの1%未満にせよとの勧告も出しました。海外旅行のお土産を戴いたりすると Trans Fatty Acid Content = 0.2% とか書いてあるでしょう?あれです2

遅ればせながら、日本でも2010年に消費者庁からトランス脂肪酸の情報開示に関する指針と言うガイドラインが出て、含有量の表示ルールが定められたところです34。今後は日本の食品でもトランス脂肪酸含有量表示が進むでしょう。

トランス脂肪酸とは、乱暴に説明すると不飽和脂肪酸の仲間なのだけど、分子の中で「クニャッ」と曲がっていないまっすぐな物になります。

不飽和脂肪酸イコール「分子の中に二重結合を持っている脂肪酸」と言い換えることができるのですが、二重結合という奴は分子の繋がり具合で二つの異性体を作ってしまいます。シス-トランス異性と言います。

組成は全く同じなのに、結合の形が変わること事で区別される分子同士を構造異性体5と呼ぶ事を説明しました。

シス-トランス異性と言うのは、その内の幾何異性体という分類に入ります。結合の手の伸ばし方の違いで別の分子として区別されてしまうのです。

植物や魚油などから得られる天然の脂肪酸の場合はほぼ全てがシス型の折れ曲がり構造を持っています。「クニャッ」67

一方、反芻動物では微生物がトランス脂肪酸を作ってしまうので、肉や乳の脂質のうち2-5%の含有量があります。

含有量的に多いのは、不飽和脂肪酸から飽和脂肪酸を工業的に製造する時に副産物として生ますので、マーガリン、ファットスプレッド、ショートニングには十数%近く含まれているそうです8

必須脂肪酸と非必須脂肪酸

アミノ酸には食物から摂取するしか無い必須アミノ酸と、自前で生合成できる非必須アミノ酸がある事を説明しました。脂肪酸にも同様の分類があります。

これまで説明してきた脂肪酸の分類の中では、飽和脂肪酸と二重結合を一個だけ持つ不飽和脂肪酸9はヒトの体内で生合成できるので非必須脂肪酸です。

ですが、二重結合が幾つかある不飽和脂肪酸10の内、ある種のものは自前では合成できません。

例えばリノール酸、α-リノレン酸と言う名前はコマーシャル等で聞いた事があるでしょう。あれは、体内で合成できない必須脂肪酸の代表例です。

必須脂肪酸だからたくさん摂りましょうなんて言う時代もありました。でもアレルギーを悪化させる作用があるらしいぞと言う事が判ってから人気が無くなりました。何事も程々が良い様です。

脂肪酸の特別な名前の付け方

脂肪酸とひと口でまとめて呼んでしまいますが、やたらヘテロな集団でして、分類もややこしくなっています。ただ、構造が単純なのが救いでして、結局のところ、

  • その脂肪酸は炭素がいくつ繋がってできているのか?
  • その中にいくつの二重結合があるのか?
  • それぞれの二重結合の位置はどこか?
  • そして二重結合の繋がり方はシス型かトランス型か?

の4つが判れば脂肪酸の構造は決まってしまいます。というわけで、脂肪酸の呼び名には他の分子には見られない特別な名前の付け方が存在しています。

例えばα-リノレン酸11は炭素の数が18個、二重結合の数が3個で、その位置はカルボン酸のくっついたα炭素から数えて9、12、15番目であり、その全てがシス型の異性体であるから、「all-cis-9、12、15-オクタデカトリエン酸」となります。ギリシャ語の数え方が大活躍。

ただ、化学者が構造を呼ぶときにはこれで良いのですが、生理学者は脂肪酸に特徴的な生理反応に関連のあるω(オメガ)炭素を基準にして二重結合の位置を把握します。

カルボン酸から一番遠い炭素をω炭素と呼び、そこから何番目に二重結合が有るか?と言う観点なのです。

立場が変わると呼び方まで変わってしまう。説明が簡単になるはずでしたが「やっぱりメンドクサイ」と言うのが結論になってしまいました。


お父さん解説

  1. 上等のアルコールって何だろう?
  2. 日本では今ひとつ盛り上がりを欠いていたが、海外では結構前から食品中のトランス脂肪酸の含有量を表示していた
  3. ガイドラインの定義では「トランス脂肪酸とは、少なくとも1つ以上のメチレン基で隔てられたトランス型の非共役炭素-炭素二重結合を持つ単価不飽和脂肪酸及び多価不飽和脂肪酸のすべての幾何異性体をいう」となっている。ちょっと何言ってるのか判らない。でも、科学的に表現しようとすると、どうしてもこうなってしまうらしい
  4. ガイドラインに出てくる「多価不飽和脂肪酸」と言うのは、二重結合がいくつも有るモノを指している
  5. 構造異性体:structual isomer
  6. 分子内に3個の二重結合が有り、その全てがシス型ならば「クニャッ」「クニャッ」「クニャッ」と3回曲がっている事になる
  7. 日本人では、脂質の摂取は魚からが多いので、特に対策をして来なかった。魚の油は全て、シス脂肪酸であるから
  8. マーガリンやファットスプレッドなどの人工変換したアブラを多く使うお菓子やジャンクフードを摂るヒトが多くなってきたのと国際的な標準表示に合わせるためにガイドラインができた
  9. 二重結合を一個だけ持つ不飽和脂肪酸  → 一価不飽和脂肪酸と呼ぶ
  10. 二重結合が幾つかある不飽和脂肪酸  → 多価不飽和脂肪酸と呼ぶ
  11. α-リノレン酸:ALA
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