ミトコンドリア

実は体の中で燃えている

「あかりをつけましょぼんぼりに~」これ、ひな祭りの時に歌います。

お母さんから受け継がれるものには、おひな様の他にはこんなのもあります。子供が男の子ばかりだと孫に伝わらない所までソックリ。

呼吸

地球上の多くの生物は酸素を使い、食べ物から取り出した糖、脂質、タンパク質を酸化させる事によって生きるのに必要なエネルギーを獲得しています。TCAサイクルを活用したこの異化経路の事を呼吸と言います。

また、酸素を使って有機物を酸化する時のエネルギー獲得は、ロウソクが燃焼して熱エネルギーに変わるのと良く似た現象でした。

この酸化によるエネルギー産生を担当しているのが、細胞内に見つかる小器官、ミトコンドリアです1

顕微鏡で細胞の中を覗き込んだ時に、小さな粒々や細い糸の様に見える構造の物が見つかります。ギリシャ語で糸の事をマイト(mito)、粒の事をコンドリア(chondria)と言いますのでそれをくっつけました。なんとまぁ、お手軽な名前。

このミトコンドリアというもの、細胞の種類によっても違いますが、一つの細胞に数十から数万個含まれています。外膜と内膜と言う二つの膜で区切られた変な構造をしています。内膜と外膜、どちらも脂質二重層でできており、細胞膜の構成と一緒。

形が妙なだけではありません。ミトコンドリアの内部には、細胞が持っているDNAとは別のDNA分子を自前で持っています。そして細胞の中で自前のDNAを複製し、勝手に分裂して増えていきます。

まるで細胞の中にもう一つの生物が居るみたい。この振舞いからミトコンドリアは大昔に細胞の中に飛び込んだ全く別の細菌が、その祖先だと考えられる様になりました。

細胞内共生説と言います。酸素呼吸の能力を獲得した生物が細胞内に飛び込んだおかげで、効率良く大きなエネルギーを利用できる新しい形式の生命へと進化しちゃったのですね。

その進化の結果、酸素呼吸する生物が地球上にあらゆる形ではびこっていったのだと考えられています。我々はその末裔ですね。

生命エネルギー産生工場

ミトコンドリアの構造で特徴的なのは、外膜と内膜の二つの膜構造を持っている事です。実は二つの膜に挟まれたこのスキマがミトコンドリアのエネルギー産生機能にとってはとても重要です。

内膜の内側には、TCAサイクルに関わる酵素類が含まれており、せっせと酸化反応を起こして、エネルギーの素になる分子を生み出しています。

そのエネルギーの素分子は内膜の上に乗っかっている電子伝達系という分子複合体に渡され、スキマに水素イオン(Hプラスイオンの事で、化学の言葉ではプロトンと呼ばれます)を溜め込むように働いています。

だから、スキマの中はプロトン濃度が高く、pHがとても低い状態。濃度の高い所と濃度の低い所が隣接していると、そこには濃度勾配と言う形のエネルギーがある事を意味します。

水が高い所から低い所へ落ちるときに水車を用意しておけば、そば粉を挽いたり、お餅をついたり、発電したり出来るのと同様、プロトンが濃い所から薄い所へ流れる勢いを利用してATP合成酵素の水車を回して、バカバカとATPを生み出しています。

ATPと言うのは、アデノシン三リン酸の事で、細胞の中で使われるエネルギー分子の事。だから、ミトコンドリアは細胞内のエネルギー産生工場だとよく言われていますね。

さて、このエネルギー産生工場は、ある物質でその働きをピタリと止めることができます。2時間ドラマやミステリー小説で超お馴染みの毒薬、青酸カリの毒性本体、分子式CNで表されるシアンイオンがそれです。

細胞内にこれが入るとミトコンドリア内膜に存在する電子伝達系を完全にストップさせてしまうのです。当然スキマにプロトンを貯める事はできず、ATPも産生できませんので、エネルギー産生工場も操業停止に追い込まれると言う次第です。

細胞の中で利用するエネルギーが出なければ、代謝活動は完全にストップし、生命もそこで終わり。だから、青酸カリに代表される様な青酸化合物と言うのは猛毒なのです2

ミトコンドリアDNA

子供の容姿とか性格とかが、お父さん、お母さんの両方に似ているのは、はたまたある時はどちらかのおじいちゃん、おばあちゃんにも似ているのは、両親からゲノムDNAを受け継いでいるからです3

でも、ミトコンドリアのDNAは違います。お父さんの精子とお母さんの卵子が出会って受精して初めて我々の生命の素になるのですが、この時、なぜだか精子由来のミトコンドリアは次々と死んでしまい、受精卵のミトコンドリアはお母さん由来のものだけになってしまうのだそうです。

だから子供のミトコンドリアDNA配列はお母さんと一緒。こういうのは、特殊な遺伝形式でして母系遺伝4と言います。

そして、体細胞のゲノムDNAと異なる所は他にもあります。体細胞のゲノムは、直鎖状になっていて、必ずそこには端っこがありますがミトコンドリアのDNAは輪ゴムのように環状になっていますので端っこはありません。

進化の歴史を調べる

ミトコンドリアのDNA配列と言うのは、生物の進化の歴史を解き明かすのに使われたりもします。

DNA配列上の遺伝暗号という奴は半保存的複製と言う機構を用いて、非常にうまくそのままの配列で子孫に伝えられるようにできています。

生物の体を構成するタンパク質は、このDNAの配列の中に設計図が仕込まれており、コドンで読み替えられてタンパク質発現に繋がるのでした。

DNAの塩基配列に変化が起こると、設計図が変わるのですから、当然の事ながら出来上がるタンパク質の一次構造も変わってきます。それによって、ちゃんとしたタンパク質ができなくて病気になったり、場合によっては死んでしまいます。

その一方で、変わった部分がたまたま外部環境に適合している有利な変化だったりすると形質が次の世代に伝えられる事もあります。これが進化です。

非常に長い眼で見ると、このDNAの塩基配列と言うのは概ね一定の割合で変化している事が知られており、変わり難いのだけれどもチョッとづつ変わるから生命は進化してきたとも言えます。

もし、完璧に全く同じものが複製されるだけだったら、ず~っと同じママで何も起こりません。生命の進化の歴史はDNA配列の変化の歴史と捉えてもらえば良いのです。

地球上にはたくさんの種類の生物がおり、それぞれのDNA配列は異なっています。それは進化の過程で枝分かれしてきたから。

枝分かれした時代が相当に昔であれば塩基配列の異なりが大きく、つい最近の事であれば良く似ています。これを利用して、生命の進化の過程を調べる事ができます。

ヒトゲノムでは遺伝暗号は30億文字にも及びますので調べるのは大変ですが、ミトコンドリアならわずか1万7千文字。しかも、ほとんどの生物はミトコンドリアを持っています。

ですので、大きなスケールの進化の謎を調べる場面では、ミトコンドリアのDNA解析が活躍するのでした。


お父さん解説

  1. ミトコンドリア:mitochondria
  2. 植物のミトコンドリア電子伝達系はシアンイオンの毒性を回避できる別経路を持っているので、青酸カリでは植物は殺せない
  3. ゲノムDNAとミトコンドリアではコドンの使い方も一部異なっている。地球上の生物は基本的にほぼ一緒のコドンを使うが、種によりほんの少しだけ異なる部分がある。そして、ミトコンドリアのDNAが翻訳される時も、哺乳類のゲノムDNAコドンとは少し異なる読まれ方をする。すなわち、コドンテーブルがチョッと違う。
    例えば、普通のコドンでは、AUAがイロイシン:Ile:Iなのに、ミトコンドリアではメチオニン:Met:Mであり、スタートコドンでもある。また、AGAが:Arg:Rを規定していたのに、ミトコンドリアではストップコドンであると言うように微妙に変わっている。 こんな事からも、ミトコンドリアは細胞内共生を始めた別の生物がその由来だと考えられている
  4. 母系遺伝:maternal inheritance
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